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第4話 星の見える丘に願う

「フェリックス先輩、あの、ありがとうございました!」  食事を終えて店から出ると、マコトはまず感謝の言葉を口にした。 「奢ってもらったこと自体もありがたいんですけど。いろいろと美味しいものを教えてもらって、僕は新しく生命をもらったような気分になれました」 「いやいや、そんな大袈裟だって」  マコトが頭を下げると、フェリックスは照れたような笑い声を漏らした。 「そんなことないです、先輩のおかげで僕はこの世界で生きていこうって前向きに思えたんです!」  マコトは自分の感じた感謝を伝えたかった。  顔を上げると、真剣な表情で彼を見つめて言葉を重ねた。 「あ、あー……」  すると彼も徐々に照れ笑いを収めていき、真剣な表情に変わっていった。 「そうか、マコトが前向きになれたならその助けになれてオレも嬉しいよ」  彼に感謝を伝えることができた。  マコトは嬉しさにはにかんだ。 「そういうことなら、もう一個マコトにおススメしておきたいものがあるんだ」 「なんですか?」 「店の前じゃなんだから、もう少し広いところに移動しよう」  おススメしたいものとは一体なんだろう。  マコトはわくわくしながら、彼の後をついていく。  広場のような広がった空間に出ると、彼はそこで止まった。彼はベルトについている細長いペンのようなものを取り外した。 「マコト、オレの後ろに下がっててくれ」 「はい」  何をするのだろうと思いながらも、マコトは素直に従って一歩下がった。  彼はペンのような謎の物体を天高く掲げた。   「いでよ、グリュっち!」  彼の声に反応してペンの先が光を放つ。  光が目の前の空間に広がり、馬のような形を形作った。  光が収まると、そこには伝説上の生き物が出現していた。 「グ、グリフォン……?」  上半身は鷲で、下半身は馬の伝説上の生き物。  グリフォンを形作った巨大な粘土細工のようなものがそこに鎮座していた。  粘土細工のグリフォンは驚いたことに、ぐるりと首を動かしてこちらを睨み付けた。 「う、動いた……!?」  マコトは驚きのあまり、思わず尻もちを突きそうになった。  すんでのところでバランスを保つ。 「異界には人工グリフォンもないのか?」 「人工、グリフォン……?」 「ああ、ゴーレムでできた魔法のグリフォンだよ。こいつの背に乗れば、どこでもひとっ飛びだ」  人の手によって造られたものだと聞き、マコトはしげしげとグリフォンを観察した。  魔法がある世界だとは知っていたけれど、こんなものまで作れるなんて。この世界はなんてすごいのだろう。マコトは感心した。 「マコト、前に乗りな。オレが後ろから手綱を引くから」 「は、はい!」  マコトは慌ててグリフォンに乗ろうとした。  グリフォンにしがみつき、一生懸命に登ろうとするが上手くいかない。 「あぶみに足を乗せるんだ」 「あぶみ?」  見れば、足をかける場所のようなものがあった。  マコトはあぶみに足をかけ、身体を持ち上げることでようやくグリフォンの上に辿り着いた。グリフォンの上からの景色はなんだかとても高く見えた。少し怖いくらいだ。    グリフォンの前の方に跨ると、フェリックスもすぐにグリフォンに跨ってきた。  彼はマコトごしに手綱を掴んだ。  彼の腕の中に閉じ込められる形になり、ドキリとしてしまう。 (でも、怖くない……)  マコトは自分がパーソナルスペースが広い方だと思っている。他人が近くにいるのは怖い。  けれども彼に密着されるのは、不思議と不快ではなかった。  人工グリフォンという未知の乗り物に乗っているにも関わらず、少しも恐怖を感じなかった。 「あの、翼があるってことは飛ぶんですか?」 「ああ。安全運転するから、安心してくれ」  すぐ耳元に彼の声が聞こえる。  恐怖は感じていないけれど、胸はドキドキと高鳴っている。  後ろから漂ってくる花のような香りのせいだろうか。彼はきっと香水をつけているのだろう。 「行け、グリュっち!」  彼が手綱を操ると、グリフォンは大きく翼をはためかせた。  大きな風が起こり、ふわりと重力が消え失せた。 「と、飛んでる……!」  人工グリフォンが地面を蹴ると、そのまま重力に捕らえられることなく巨体が宙に舞い上がった。地面がぐんぐん引き離されていく。  成人男性を二人も乗せた馬と同じくらい巨大な生物が、翼の羽ばたきだけで空へ舞い上がる様は圧巻だった。  すっかり日の沈んだ夜空を、人工グリフォンは駆けていく。 「グリフォンで飛ぶのって、気持ち良いだろ?」 「は、はい!」  口を開くと舌を噛んでしまうのではないかと思いながらも、マコトは大声で返事した。  彼の言う通り、気持ち良かったからだ。  顔に受ける夜風が涼しい。酒場の空気で火照った頬が冷やされていく。全身で風を受け、空を飛んでいる。まるで風になったみたいだ。  グリフォンはやがて、小高い丘の上に着地した。 「ここが目的地だ」  彼はグリフォンからひらりと降り、地面に立った。  マコトも真似して降りようとした。 「うわっ!」  だが、上手く降りることができずグリフォンから滑り落ちてしまった。 「マコト、大丈夫か!」 「あはは、お尻打っちゃいました」  お尻をさすり、制服についてしまった土埃を払いながら立ち上がる。 「オレが降ろしてあげれば良かったな」 「そんな、大丈夫ですよ!」  子供のように抱えられて降ろされる自分を想像して、ぶんぶんと首を横に振った。  そんなの彼に申し訳ない。 「マコト、見てみろよ。ここからだと王都が一望できるだろう?」 「わあ……!」  彼が指さした方向に視線を向け、見えた光景にマコトは息を呑んだ。  夜の闇の中で、王都が光り輝いていた。  まるで暗い海の中に、光で作られた花が一輪咲いているようだとマコトは感じた。  光り輝いて見えるのは、きっと街灯や建物が発する明かりが寄り集まったものなのだろう。 「王都がこんなに綺麗だなんて……」 「これをマコトに見せたかったんだ」  彼と二人並び、王都を眺める。 「昼に来てもいい景色なんだよ、ここは。オレは悩みがあると、よくここに来て景色を眺めてる。するとちっぽけなことなんか、忘れられる気がするんだ」 「先輩にも、悩みごとがあるんですか……?」  優しくて陽気な彼にも悩みごとがあるという事実が意外すぎて、思わず尋ねてしまった。 「……まあ、家のこととか色々な」  いつもふわりと笑みを浮かべていた彼の顔が、その時初めて陰を帯びたように見えた。   「あ、ごめんなさい! 立ち入ったことを聞いてしまって!」  マコトは自分の不躾な問いを謝罪した。  彼だって今日出会ったばかりの自分なんかに悩みごとの内容など話したくはないだろう、とマコトは縮こまった。 「いやいや、気にすんなよ。今はこの景色を楽しもうぜ」  彼は優しく笑う。  そこに一瞬見えた陰がまだ残っているような気がして、胸が痛んだ。 (先輩の悩みごとってなんだろう。解決するといいな……)  先輩の悩みごとが解決しますように、とマコトは夜空の星に願ったのだった。

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