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第12話 夜のお祭りを二人で
「マコト、あのさ……」
出し抜けにフェリックスが話しかけてきたのは、仕事中のことであった。
受付仕事ではなく、事務仕事を二人ともやっているときのことだ。
「今度の休みの日に、国王陛下の誕生祭があるんだよ」
「国王陛下って……」
フェリックスを認知してくれなかった実の父親。
その誕生祭がどうしたというのだろう、とマコトは首を傾げた。
「国王陛下は夜にお生まれになったから、毎年誕生祭は夜に行われててさ。夜空に花火が打ち上がったりして、それは綺麗なんだよ」
「はあ、そうなんですか」
話を聞きながらマコトは計算仕事をやっつけていく。
「祭り用に屋台もたくさん出ていて、楽しいんだよ。だからさ……」
ふと、顔を上げてみると、ギルド職員たちがマコトたちに注目していることに気がついた。一体どうしたというのだろう。フェリックスの話がそんなに興味をそそったのだろうか、とマコトは不思議に思う。
「祭りに……一緒に行かないか?」
マコトを誘う言葉を口にした彼は、なぜだか緊張した面持ちをしていた。
「いいですよ!」
マコトは明るく誘いを受けた。
彼を認知しなかった父親の誕生を祝う気持ちなどこれっぽっちもないが、休日まで彼と一緒にいられるなんてこれ以上嬉しいことはない。
それに、彼と一緒ならばどんなことだって楽しく感じられるだろう。
マコトが返事をした途端に、ギルド職員たちが微笑みを浮かべたような気がした。本当になんなのだろう。
フェリックスも返事を聞いて、ほっと胸を撫で下ろしていた。
「よかった! じゃあ、夕方ごろにマコトの家まで迎えに行くよ」
「はい、待ってます」
こうしてマコトは休日に彼と祭りに行く約束を交わしたのだった。
当日。マコトを迎えに現れたフェリックスは、眩かった。
金髪を後ろに撫でつけてめかしこんでいたのだ。
(わあ、なんか貴族っぽい格好をしている……!)
私服の彼を目にするのは初めてのことだった。
ベストの間から覗く半袖のシャツはラフに胸元のボタンを開けているが、びらびらとフリルがたくさんついている。腰には大きなベルトを締め、下は黒いスラックスと長い革靴だ。胸のポケットには陽気に花が差してある。
マコトは急に自分の格好が恥ずかしくなってしまった。
こちらの世界の古着屋で買った、適当な服だ。古めかしい色合いのベストがみすぼらしく思えた。
彼のベストはたくさん刺繍がされてキラキラしているが、マコトのは無地だ。
「へえ、私服のマコトも可愛いな」
なのに、彼は開口一番に言ってくれた。
「え……?」
「素朴な色合いがマコトによく似合っている」
「そ、そうですか?」
褒められたおかげで、自分の格好も悪くないと思えた。
マコトが自信をなくしていることを一瞬で見抜いて、褒めてくれたのだろう。
彼は気遣いの天才だと感動した。
(それにしても私服の僕「も」可愛いってなんだろう……?)
まるで普段から僕のことを可愛いと思っているかのような台詞だな、とマコトは思った。
「マコト、行こうぜ」
「はい!」
外に出ると、夕焼けに赤く染まった街は明るく騒めいていた。
人々の顔つきは明るく、みな街の中心へと向かっている。
フェリックスとマコトのふたりもそちらの方向へと向かった。
歩いているうちにだんだんと暗くなってくる。
それでも人通りは減るどころか、ますます多くなっていった。
「わあ……!」
大通りに出た途端、目に入った光景にマコトは感嘆の声を上げた。
普段は馬車が通っている大通りは交通規制がされ、歩行天国になっている。
道の端にずらりと屋台が並んでいた。まるで夏祭りだ。
「すっかり夜になったら、花火が始まるよ」
「楽しみです!」
マコトは声を弾ませて返事した。
異世界の花火は一体どんなものなのだろう、と期待に胸が膨らむ。
「まずは屋台を楽しもうぜ。ほら、あそこにスライム掬いの出店があるぞ」
「スライム掬い……?」
聞き慣れない言葉に、その出店に近寄ってみる。
「ひゃっ!」
地面に置かれた大きな水槽の中を覗き込んだ途端、マコトは後ろに尻餅をつきかけた。
慌てて彼が支えてくれる。
水槽の中では、どろどろとしたアメーバ状の生物が泳いでいた。
恐らく、これがスライムなのだろう。
「スライム、初めて見たか? 掬えたら家に持って帰れるんだよ」
見ている前で、子供がスライムを掬い上げた。
でろでろと粘液状のそれを、上手くネットで掬ったようだ。
出店の主人が袋にスライムを素早く入れて、子供に手渡した。
「どうしてスライムなんて家に持って帰るんですか? その……魔物、なんですよね?」
スライムはどう見ても自分で動いている。
広げた手の平よりも小さいが、愛玩動物に向いているようには見えない。
「大丈夫だ、あれくらいの大きさなら人に害を及ぼしたりしないから。家に放っておくと、埃とかゴミを食べてくれるんだ。数ヶ月したら人に害を及ぼす前に、業者に引き渡すんだ。ここら辺なら、魔術学院とかな」
「へええ……」
小さいなら人に害を及ぼさないと聞いても、家に魔物を放つなんてと恐ろしかった。
この世界の人たちには、魔物は身近な存在のようだ。
「スライム掬い、やってみるか?」
「い、いいえ。やめておきます」
手にスライムの入った袋を提げたまま、お祭りを楽しめる気がしなかった。
マコトは首をふるふると横に振った。
「お腹が空きました、まずはなにか食べましょう」
遊ぶ系の出店からは、一旦彼の視線を逸らすことにした。
「よし、美味いものを探そう!」
食べ物系の出店を中心に見て回る。
「お、ギロだ!」
フェリックスが弾んだ声を上げた。
その声音から、きっと好物なのだろうと窺えた。
彼の視線の先を追うと、クレープのような皮に揚げ物と葉野菜を包んだ食べ物が売られていた。
バーンドに少し似ている。いかにも彼が好みそうなジャンクフードらしさを感じる。
「美味しそうですね、食べたいです」
「よしきた」
彼は勢いよく屋台へと向かった。
二人分のギロを買ってきてくれた。
「次の屋台では僕が二人分出しますね」
約束して、ギロを受け取った。
小麦粉を焼いた皮越しに温かさが伝わってくる。
マコトは大きく口を開けて、ギロを頬張った。
「ん!」
揚げ物のジューシーな肉汁の味が口の中に広がる。
葉野菜もシャキシャキと食感が気持ちいい。
空腹なお腹には美味しくてたまらない。あっという間に食べ終わってしまった。
「次は甘いもの食べるか。マコト、甘いものが好きだもんな」
同じくすぐにギロを食べ終わった彼が、口元を指で拭いながら笑いかけた。
胸が高鳴ったのは、彼が好物を覚えてくれていたからだろうか。それとも、笑顔が素敵だったから?
「お、あれなんかどうだ」
彼が指さした先には串に刺さったなにかを、並んだ人々に手渡している屋台があった。
揚げ物のように見える。甘いものには見えないが……?
「バナナを揚げたものだ」
「え、バナナを揚げるんですか!?」
「へへ、王都にはいろんな食べ物があるだろ」
笑う彼の表情は、王都を誇りに思っていることが読み取れた。
(やっぱり、お兄さんのサポートしている方が似合う気がする……)
彼が父親に認知されて、正式に王族として扱われればいいのに。
彼のために、胸の内で祈った。
さっき約束した通り、今度はマコトが揚げバナナを二人分購入していた時のこと。
通りに設置されているラヂオ棒がザザッと雑音を響かせた。
放送が行われる前兆だ。
『国王陛下の第五十九回誕生祭、皆さまお楽しみでしょうか。国王陛下より、臣民の皆さまへ御言葉がございます』
「前は直接国民の前に姿を現してたんだけどな。ここ一、二年くらいはラヂオだけだな」
フェリックスは、表情をあまり変わらずに零した。
だがマコトの目には、彼の表情が憂いを帯びたように見えた。
再びザザッと短い雑音が響き、話す人間が国王に切り替わった。
『余の誕生祭も五十九回を数え……ゲフッ、ゲフッ。失礼』
咳の音がラヂオ越しに響く。
「もしかして、お身体の加減があまりよくないのですか……?」
国民の前に姿を現さなくなったというのは、病床に臥せっているという意味だろうか。
フェリックスはその問いに答えを返さず、ただ肩を竦めた。
「ラヂオなんかより、早く揚げバナナを食べようぜ」
「は、はい!」
それ以上触れてほしくなさそうだったので、バナナの味に集中した。
周りの衣はサクサクで、中のバナナは加熱されてとっても甘くなっていた。
「思ってたより、ずっと甘いですねこれ!」
気がつけば揚げバナナを食べているマコトのことを、彼がじっと見つめていた。
「どうしました、先輩……?」
「いや、マコトってつくづく可愛いなと思ってさ」
翡翠色の瞳がまっすぐマコトを見つめている。
なぜだか頬が熱くなってしまう。
「か、可愛いなんて、意味わからないですよ! 可愛くなんかないですよ!」
「そうかな?」
くすり。
彼の零した笑い声が、妖しく聞こえた。
「え……」
彼の指がくいっと、マコトの顎を上げさせる。
そして――――
「あー、花火だー!」
子供の大きな声に、ビクリと震えて彼が身体を離した。
夜空を見上げると、美しい大輪の花が咲いていた。
火薬を使っているわけではないのか、ひゅるひゅると打ち上がってバラバラと弾ける音がしない。
日本人であるマコトには音がしないことが物足りなく感じられたが、それでも色とりどりの光を散らす花火は美しかった。
「綺麗ですね、先輩……」
「あ、ああ。そうだな」
先ほどまでの妖しい雰囲気のことを忘れて、マコトは花火に見入った。
「先輩……僕、この世界に来れてよかったと思っています。いろいろ楽しいものや美味しいものがあって。なにより、先輩に出会えましたから」
「マコト……」
花火を見上げているマコトには、彼がどんな表情で聞いているのかわからない。
「オレも、マコトに出会えてよかったよ」
ただ、返ってきた言葉に万感の想いを感じた。
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