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第32話 僕の王子様

「マコト殿、お加減はいかがですかな」 「あ……」  病床に臥せっているマコトを訪ねてきたのは、黒づくめの男だった。  彼はしばしばマコトを訪ねてきてくれる。いい人だ。 「ありがとうございます。でも、結核は感染病なのであまりいらっしゃらない方がいいですよ」 「しかし、せっかく新しい生活を始められたのに不治の病にかかってしまわれるなんて……あまりにも不憫で」 「お優しいんですね」  マコトと二言三言、言葉を交わすと男はマコトの寝室を去っていった。  黒づくめの男は訪ねてくるとマコトと話す以外にも、召使いの人間と何事か話しているようだ。  一体何をいつも話しているのか、マコトは気になっていた。  マコトは服の下からエメラルドを引き出すと、握り込んだ。  エメラルドに触れていると、体調がよくなる気がすることに最近気づいていた。 (理由はわからないけれど、先輩が元気をくれているのかも……)  いまならば、ベッドから起き上がれるだろうか。  マコトは上体を起こすと、慎重に床に足をついた。  一歩ごとに全速力で走ったかのように、疲労感でいっぱいになる。  すっかり体力が落ちてしまっていることを、実感した。  それでも黒づくめの男と召使いの様子を窺わなければいけない気がして、マコトは懸命に足を動かした。  音がしないように、そっとドアを開ける。  なぜ自分が忍んでいるのか、理由がわからない。  ただ、第六感のようなものに突き動かされていた。  彼らはリビングで会話をしているようだった。  潜めた声ながらも、黒づくめの男が召使いを責めていることがわかった。 「いつになったら異界人は死ぬのだ、一向にくたばる様子がないじゃないか」 「弱りつつあるのは確かなのですが……」 「貴様がこっそり毒を抜いておるのではないか?」 「いいえ、滅相もない……!」  出てきた毒という単語に、マコトは大きく息を呑んだ。 「誰だッ!?」  息を呑んだ音は二人にも聞こえてしまったようで、マコトはすぐに見つかってしまった。 「クソッ、歩ける体力がまだあったのか……! ひっ捕らえろ!」 「はっ!」  召使いは素早くマコトを捕らえ、両手を後ろ手に捻り上げた。 「い、痛い……ッ!」 「ええい、こうなれば始末するしかない!」  黒づくめの男は豹変して、懐からナイフを取り出した。  ナイフの鞘が抜かれる。刃が鈍く光ったのを見て、マコトは震えあがった。  自分が殺されようとしていることを理解したからだ。 (どうしてこんなことに……なんで?)  振り上げられるナイフ。  マコトは恐怖に固く目を閉じた。 (最後に先輩に会いたかった……)    会いたい。離れたくなかった。  死の淵に立って、本心を自覚する。  愛しているのだ。彼の幸福のためだと言われても、離れるだなんて無理だ。最初からわかっていたはずなのに。 (先輩――――)  心の奥底から強く願った瞬間のことだった。 「そこまでだ」  颯爽とした声が響き渡った。  同時に黒づくめの男が振り上げたナイフがなにかに弾かれ、宙を舞った。  大勢の騎士たちと――――金髪翠眼の青年が部屋になだれ込んできた。  見間違えようがない。 「先輩……!」  フェリックスが、マコトを助けにきたのだ。 「クソッ!」  マコトを後ろ手に捻り上げていた召使いが、マコトを突き飛ばして床に転ばせる。 「あっ!」  床に倒れ込んだマコトは強く胸を打った。 「ゲホッ、ゲホッ!」  激しく咳き込む。  マコトは無我夢中で胸元のエメラルドを握り込んだ。  マコトが咳き込んでいる間に、周囲が騒々しく動く。  騎士たちは逃げ出そうとした召使いを打ち据え、素早く捕らえる。  同じく懐からなにがしかを捕らえようとした黒づくめの男を、羽交い絞めにして捕らえた。  マコトが床に丸まっている間に、騒動は収束していた。 「クソッ、貴様ら何の権限があって私を捕らえるんだ! 私は財務大臣だぞッ!」  財務大臣。  黒づくめの男の正体を、マコトは初めて知った。  財務大臣が、一体なぜ。 「何の権限がって、オレが王国の騎士を引き連れてきた時点で気がつかないか?」  財務大臣は、フェリックスの言葉にハッとしたようだった。 「第二王子フェリックス・ロイ・グランオールブライトの名において、貴様を国王暗殺および誘拐および殺人未遂の容疑で拘束する」 「な……ッ!?」  財務大臣は、驚愕の表情のまま騎士たちに連行されていった。 (ああ……王族になったんだ……。よかった……)  フェリックスの名乗りに、彼が王族として生きることに決めたのだということを悟った。  自分がいなくなったのも、少しくらいは意味があったのだろうか。 「マコト、大丈夫か!」  財務大臣とその召使いたちが連行されていくと、フェリックスはすぐにマコトの元に駆け寄ってきた。彼はマコトの身体を抱き起こす。 「待ってろ、いま解毒剤を飲ませてやるからな」  フェリックスは懐に手を入れると、瓶を取り出した。  瓶の蓋を開けると、マコトの口にあてた。  少し噎せながらも、瓶の中の薬品を飲み込むことができた。 「先、輩……助けにきてくれたんですね」  自分は彼を捨てて、こんなところに逃げてきたのに。  彼がどれだけ傷ついたかしれないのに。  彼は、助けにきてくれた。 「間に合ってよかった」  彼は、マコトの身体を優しく抱き締めた。  優しいけれど、強い想いが感じられる抱擁だった。  どれだけの間、ずっとそうしていただろう。  薬が効いてきたのか、だんだんと身体が楽になっていくのを感じた。  フェリックスは身体を離すと、しっかりとマコトの目を見据えて言った。 「いろいろと説明しないといけないことはあるけど……とりあえず帰ろう。一緒に」  彼が口にした言葉に、マコトは大きく目を見開く。   「連れて帰ってくれるんですか? また、先輩と一緒にいていいんですか?」  はらはらと大粒の涙がいくつも流れ落ちる。  彼に受け入れてもらえるなんて。夢みたいだ。 「もちろんだ。そのために助けにきたんだから」  先輩はやっぱり僕の王子さまだ、とマコトは思った。  それは身分がどうとかではなく。  困っているときに颯爽と助けにきてくれる、無敵の王子さまだからだ。 「あ、先輩……それ」  ふと、彼が腰に身に着けている物が目に入った。  それは革製のベルトだった。魔導具ホルダーには、グリュっちを呼び出すための魔導具がきちんと収まっている。  彼の誕生日プレゼントに用意していた物だった。 「ああ、誕生日プレゼント。ありがたく使わせてもらっているよ」  もう一生渡せないと思っていたのに。彼は気づいてくれたのだ。  また、涙が零れ落ちた。

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