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第6話
「マスターいる?ちょっといい野菜がもらえたからおすそ分けにきたんだけどー?」
「ああ、はい。今、開けますね」
そういったマスターがドアに近づくより前に、ジャックはもたれかかっていたドアに手をかけてそのままフラフラと出ていった。
そんな様子で出ていくジャックに心配そうに目を向けながら、野菜が入ったダンボール箱を抱えた男が入ってくる。
「?どうしたんだ、今の。客か?なんだかすごく顔色が悪かったけれど」
「……酔いすぎたんじゃないかな」
「こんな朝からか?まさか……」
「違うよ、本当にただの客だ。いや。客だった人かな」
「ふーん?」
「それよりありがとうカズマ。そこに置いてくれ。何かだすよ」
カウンターに座ったカズマと呼ばれた男はハロウィンの余韻が残った店内をキョロキョロと見回し、ふと、隣においてある2つのグラスとその真ん中にある指輪に目を移した。
「それは?」
「ああ、なんだろ。……献杯、とでもいったところかな?」
「献杯?なんだよ、不吉だな。早く片付けろよ」
「はいはい」
苦笑したマスターがグラスを持ち上げると、まだ縁ギリギリまであった中の液体が大きく波打ち、溢れた。ワインレッドと真っ白なニ種類の液体がテーブルの上でちょうど重なり混ざり合う。
それをみていたカズマがポツリといった。
「永遠にあなたのもの(XYZ)、に死んでもあなたを愛す(コープスリバイバー)か……。重いなぁ」
「そうだな」
「俺はそんな重いのじゃなくていいや。ジンデイジーあたりをだしてくれ」
「心配しなくても、仕事中のお前には一番軽いのをくれてやるから大丈夫だ。てゆうか、本当ならお前にはちょっと重い方がいいけどな」
「今日は夜勤明けで非番なのに……」
トン、と置かれた水を不満げそうに一瞥しながら、あ、そういえばとカズマが思い出したように話しだした。
「ここ数年、ずっと話題になっていたハロウィンの夜になるとこの一帯を歩いている霊がいるって話をしたじゃないか。綺麗な顔をした男で、コートもきない薄着でウロウロしているのを、見回りで見つけた同僚が声をかけたらふと消えたっていう、あれ!」
「ああ、したな」
「いつもならハロウィンの前夜に真夜中の0時すぎからこの辺りを何周もするから必ず通報が鳴ったんだけど、今回はなかったんだよ。さらにだな、俺は昨日夜勤だったから、一目その綺麗な幽霊をお目にかかろうといつものルートをはっていたんだが、一向に現れなかった!」
「ふーん」
「あれ?驚かないのか?」
「別に」
「なんだよ!話しがいがないやつだな!」
「とゆうか、お前夜勤でずっと起きててそのテンションなのかよ…」
「夜勤明けだからこのテンションなんだよ!」
呆れたように息を吐き、マスターはグラスを軽く洗い始めた。カズマは一気に水を飲み干し、大きな欠伸をした。
「……あの幽霊、最後は必ず街外れにある池にいってそこで朝までたってると陽の光がさす頃に消えるんだって。去年ずっと見張ってた同僚がいっててさ、それが朝焼けに身体が透けていく姿が天使みたいに見えて、言い方はおかしいけど、本当にこの世のものとは思えないくらい美しかったんだと。だから、俺もお目にかかってみようかなー、なんて思ったんだけど」
無理だったわーと、言いながら、カズマは下に置いてあった野菜の箱を持ち上げた。マスターは洗い物をする手をとめて、向かい側からでてくるとカズマの隣に腰掛け、なんとなくぼんやりした様子で野菜の入ったそのダンボール箱の中をみていた。
「で、どうする?全部置いてってもいいけど。いつも見回りにいくじいさんとこでまだまだあるから持ってけっていうし」
「あー……と、じゃあ、これとこれと……」
「ああ、あとこれはハロウィン用に作ったかぼちゃの残り」
マスターはトン、と置かれたおばけかぼちゃをみながら、テーブルの上に残された指輪を手にとり、それに視線を移しながらポツリと言った。
「彼が欺いたのは悪魔じゃなくて天使だったのかな」
「?」
「永遠に愛する人のいない現世で彷徨わなくればならないなんて。死んでもなお探し続けているジャックより残酷かもしれないな」
「どうした?え、何」
「……現実を受け入れた彼は本当の地獄のような世界を苦しみながら生きていくのか。いや、もう魂をとられてしまっているのかもしれないけれど」
「おいおいおい!お前……大丈夫かよ?疲れてるんじゃないか」
「……なんでもないよ」
カズマは心配そうに彼の目にうっすら浮かんでいた涙を拭う。拭った端からまたこぼれ落ちるそれをみて、いつもとは違ったその塩らしい姿に狼狽えながら、マスターの身体を抱き寄せた。マスターにはその温もりが今日はとても愛おしかった。
「……後で一緒に墓参りにいってくれないか?お前が言っていた街外れの池だ。これを届けたい」
「?いいけど。誰のだよ」
「10年も通ってくれていた客人のだよ」
マスターは指輪を握りしめ、カズマの腕の中で瞳を細める。涙で滲む視界の中で、店内に飾り付けたジャック・オ・ランタンがうつった。
蝋燭の炎がついていない、カボチャマスクの中のその果てない暗闇が、風も吹いていないのにぼんやりと明るくなった気がした。
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