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エピローグ

 関空から上海への帰国便でも、文維と煜瑾は並んで座ることができた。  安心して機内で過ごすことができて、煜瑾は疲れも知らずに、リラックスして上海に帰ったのだった。 *** 「煜瑾坊ちゃま!」  無事に上海浦東国際空港に到着し、文維と煜瑾が入国手続きを終え、荷物を取りに行こうとすると、その手前で声を掛けられた。 「茅執事!」  本来は、出迎えの者は出口の外で待つことになるのだが、VIPの手続きさえとれば、入国審査の手前まで入ることができた。  もちろん上海の名門である唐家の執事であれば、唐家の次男を迎えるためにVIPエリアにまで入ることができるのだ。 「煜瑾坊ちゃまと文維先生をお迎えに参りました。旅のお疲れもおありかと、まずは唐家でお休み下さい」 「お兄さまのご意向ですか。なんてご親切なんでしょう。ね、文維」  無邪気な煜瑾はそう言って笑うが、文維はちょっと戸惑いながら薄く笑うだけだった。 「じゃあ、小敏も一緒に!」 「は?」  煜瑾の申し出に、驚いたのは茅執事だけではなかった。 「え?ボク?」  裏では「天敵」とも言われている、羽小敏と茅執事だったが、この時ばかりは思わず顔を見合わせた。 *** 「お兄さま…!え?おかあさま!おとうさま!」  唐家に戻ると、煜瑾は兄が待つはずのリビングへ真っ直ぐ向かった。  すると、そこにいた面々に煜瑾はビックリして、大きな黒い瞳をさらに大きくした。 「お帰り、煜瑾」  誰よりも慈しみ、大切にしてくれる、兄の唐煜瓔がいる。 「お帰りなさい、煜瑾ちゃん」  幼い頃に両親を亡くし、満たされない気持ちを抱いていた煜瑾は、母の慈愛を一身に感じる恭安楽に心酔している。 「みんな、元気そうだね」  同じく、父を知らない煜瑾にとって、物静かで、知性的で、柔和な文維の父・包伯言もまた理想的な父親像として敬愛している。  煜瑾は満ち足りた表情で周囲の人々の顔を見まわした。  みんな、煜瑾が大好きな人々だった。  みんなが、煜瑾を愛していた。 (これが、私の「家族」なのですね…)  唐煜瑾は、幸せで胸がいっぱいになる。 「さあ、煜瑾ちゃん。お夕食まで少しお昼寝でもする?」  黙り込んだ煜瑾に、包夫人が疲れたのかと声を掛ける。 「いいえ!それよりも早くおかあさまにお土産をお渡ししたいです。おとうさまにも、お兄さまにも…。茅執事にも、胡娘姐さんにもお土産があります」  煜瑾の言葉に、その場にいた全員の頬が緩む。煜瑾が純真に愛する人々に贈り物をしたいという優しい気持ちを受け止めたからだった。  今回の自由な旅で煜瑾はたくさんの経験と感動を得た。  そして帰宅した今、とても大切なことに気付いたのだ。  旅に出ることで得ることも多い、時には何かを失うこともあるだろう。  けれど、それでも人々が旅に出たいと思うのは、いつか帰る場所があるから、そこで家族が待っているからではないか、と煜瑾は思った。  家族のもとに帰って来た…。  みんな、待っていてくれた…。 (ただいま、帰りました…)  幸福と感謝の気持ちで胸いっぱいにしながら、煜瑾は「家族」に天使の笑顔を振りまいた。 《おしまい》

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