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第6話 旅の始まり 其の一

   山の稜線より顔をのぞかせた日輪の光が草地から跳ね返り、かすかに陽炎のようにゆらめいた。早春のまだほんの少し冷たさの残る穏やかな風が、芽吹き始めた草原を撫でていく。  清々しい朝の大気を大きく吸い込んで、身体全てで取り込み、ゆっくりと息を付くのは竜紅人(りゅこうと)だ。  彼の前には、早朝の何とも言えない清澄な空気とは程遠いふたりが、何やら騒ぎながら歩いている。しばらくはこの騒がしさと付き合わなければならないのかと考えると、竜紅人は辟易とした気持ちになり、無意識の内にため息をついた。  騒がしいのは嫌いではない。  だが早朝ならではの空気を味わいながら、静かに歩きたい気持ちは、残念ながらあのふたりは持ち合わせていないだけだ。  再びため息をついて竜紅人は、これから歩む方向を見る。  なだらかな丘と草原が続く景色の中に、一本の道があった。  大小様々な大きさの石板を隙間なく埋め込まれたこの道は、『街道』と呼ばれている。  始まりは麗国の北部に(そび)え立つ山脈の麓から、果ては隣国、霊鷲山(りょうじゅせん)の中枢まで続くこの道は、旅人や物資を運ぶ商人達にとってなくてはならないものだ。  今はまだ朝が早い為か姿を見ることができないが、もう少し経てば商人が使用する荷車や騎獣が行き交い、賑やかになるだろう。 (……そう、本来なら)  情報が確かならば、この街道を利用する者は徐々減っていくことが予想されるのだ。  (ぬえ)は麗国と霊鷲山(りょうじゅせん)の国境近くの街道に堕ち、辺りを徘徊しているのだという。 「しっかし、何でよりによってあんなところに堕ちたのかねぇ?」  前を歩く香彩(かさい)(りょう)に向かって、独り言のように竜紅人が疑問を投げかける。それに律義に答えたのは香彩だった。 「……鵺のこと?」 「そう、いくら天妖(てんよう)だからって、人目につくと下手をすれば狩られる可能性だってあるわけだろ? よほどの理由がないと普通堕ちてこねぇよなぁ」  竜紅人の言葉に何かを考えているのか、手を顎に当てる仕草をした香彩は、無言で療を見る。療もまた香彩につられるように同じ仕草をして、うーんと唸った。 「……何かを探すようだったって聞いたけど、その情報が確かかどうかなんて、わかんないしね」 「金比羅(こんぴら)の憶測かもしれんし。わざわざ地上に堕ちてまで探しにくるものって、そもそも何だよって話になるしな」  竜紅人の言葉に、療が頷く。  分かっているのは、鵺が天から堕ちた、ただこれだけだ。  鵺は体高が成人男性の胸の高さまであり、猿の顔、狸の胴体、虎の手足を持ち、尾は蛇、背には白い翼が生えているのが特徴だ。また雷を操ることを得意としている雷獣だといわれている。  天上に住まう魔妖(まよう)……天妖(てんよう)の一種だ。  
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