10 / 32
第10話 旅の始まり 其の五
幼竜と言われたこともそうだが、何より笑顔で自分のことを語り合う香彩 と療 をあまり見ていたくないというのが本音だった。端から見れば仲の良いふたりが、『真竜』のことについて語る、ごく普通の光景だろう。
だが生態的に見るとそれは大きな間違いなのだ。
『真竜』の生態は、意外に知られている。
特に香彩を初めとする縛魔師は、『真竜』の生態を知識として叩き込まれる。国の祭祀を行う縛魔師にとって、『真竜』は『力』の源であり、『力』の助力を得る存在だからだ。
そして療もまた、知識として『真竜』の生態を熟知している。
何故なら、真竜は天敵だからだ。
真竜が力を貸す縛魔師も脅威ある天敵であり、縛魔師から見ても療は脅威であった。
鬼は人を喰う。
竜は鬼を喰らい、人に加護を齎 す。
人は、彼らを使役する術を持ち。
使役を終えた鬼と竜は。
褒美に人を喰らう。
古 より続く、人と竜と鬼の連鎖だ。
訳あって彼らは今、共に在るがそれは理性が本能を凌駕しているのに過ぎない。
「ほら、急ぐぞ! 夕暮れまでには街に着かねぇと、屋台の飯、食いっ逸れるぞ」
「ごはん!」
「オイラの飯!」
香彩と療は顔を見合わせてから、一斉に走り出した。前を歩いていた竜紅人 を追い越し、更に走り続ける。
「走るな! また転ぶだろうが!」
竜紅人の怒声が響くが、言われた当の本人の姿は丘の向こうへ消え、はーいと返事をする声も、どんどんと遠ざかっていく。
竜紅人は今日何回目になるか分からない、溜息をついた。
不意に。
竜紅人は後ろを振り返った。
自分達が歩いてきた街道となだらかな丘が目に入る。
青々とした草原に、ざぁと一陣の風が吹いた。草原の茂みにいた鳥が何かを感じて一斉に飛び立つ。風は竜紅人の伽羅色の髪を靡かせ、乱れさせる。
何かに呼ばれた感じがした。
何かに視られた感じがした。
そんな妙な気配と視線を感じたが、今はその奇妙な感じは消え失せていた。
まさに刹那だった。
「……気のせい、か」
遠くで竜紅人を呼ぶ香彩の声が響き渡る。
その無防備さに、思わず頭を抱えた。
(……親の気持ちを知らずに突っ走る子を持った気分だな。親じゃねぇけど)
何とも言えない気分を抱えたまま、竜紅人は前の二人に追いつくために走り出したのだ。
ロード中
ともだちにシェアしよう!