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第10話 旅の始まり 其の五

 幼竜と言われたこともそうだが、何より笑顔で自分のことを語り合う香彩(かさい)(りょう)をあまり見ていたくないというのが本音だった。端から見れば仲の良いふたりが、『真竜』のことについて語る、ごく普通の光景だろう。  だが生態的に見るとそれは大きな間違いなのだ。  『真竜』の生態は、意外に知られている。  特に香彩を初めとする縛魔師は、『真竜』の生態を知識として叩き込まれる。国の祭祀を行う縛魔師にとって、『真竜』は『力』の源であり、『力』の助力を得る存在だからだ。  そして療もまた、知識として『真竜』の生態を熟知している。  何故なら、真竜は天敵だからだ。  真竜が力を貸す縛魔師も脅威ある天敵であり、縛魔師から見ても療は脅威であった。  鬼は人を喰う。  竜は鬼を喰らい、人に加護を(もたら)す。  人は、彼らを使役する術を持ち。  使役を終えた鬼と竜は。  褒美に人を喰らう。  (いにしえ)より続く、人と竜と鬼の連鎖だ。  訳あって彼らは今、共に在るがそれは理性が本能を凌駕しているのに過ぎない。 「ほら、急ぐぞ! 夕暮れまでには街に着かねぇと、屋台の飯、食いっ逸れるぞ」 「ごはん!」 「オイラの飯!」  香彩と療は顔を見合わせてから、一斉に走り出した。前を歩いていた竜紅人(りゅこうと)を追い越し、更に走り続ける。 「走るな! また転ぶだろうが!」  竜紅人の怒声が響くが、言われた当の本人の姿は丘の向こうへ消え、はーいと返事をする声も、どんどんと遠ざかっていく。  竜紅人は今日何回目になるか分からない、溜息をついた。  不意に。  竜紅人は後ろを振り返った。  自分達が歩いてきた街道となだらかな丘が目に入る。  青々とした草原に、ざぁと一陣の風が吹いた。草原の茂みにいた鳥が何かを感じて一斉に飛び立つ。風は竜紅人の伽羅色の髪を靡かせ、乱れさせる。  何かに呼ばれた感じがした。  何かに視られた感じがした。  そんな妙な気配と視線を感じたが、今はその奇妙な感じは消え失せていた。  まさに刹那だった。 「……気のせい、か」  遠くで竜紅人を呼ぶ香彩の声が響き渡る。  その無防備さに、思わず頭を抱えた。 (……親の気持ちを知らずに突っ走る子を持った気分だな。親じゃねぇけど)  何とも言えない気分を抱えたまま、竜紅人は前の二人に追いつくために走り出したのだ。
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