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第12話 紅麗 其の一

「今、呼んだか?」 「は?」 「え?」  竜紅人(りゅこうと)の唐突な問いに、(りょう)香彩(かさい)は思い思いに返事をした。 「誰も会話なんてしてなかったよ」 「多分空耳じゃないかな。街も随分活気のある時間帯になってきたし」  二人に言われ、竜紅人は思案顔だ。 「……気のせい、か」  なんとなく名前を呼ばれたような気がした。  だがそれはきっと、飛び交う店の売り子の呼び声が、そう聞こえたのだと竜紅人は納得することにした。 「そんなことよりごはん、ごはん」 「屋台屋台」  店に繰り出そうとする香彩と療の首根っこを、竜紅人ががっしりと掴む。 「先に宿だろうが!」  麗国城下街、紅麗(くれい)。  麗城から少し離れた位置に存在するこの街は、麗国の中でも一番の賑わいと人が溢れる、首都とも言える街だ。その広さは街道とそれを取り巻くように建つ小さな集落や宿を含めると、国を四つ割った内の一つ分程に相当する。  街道とそして街のいたるところに、『紅麗』と呼ばれる、魔除けを施した紅の紙を燃やす燈籠があり、人々を魔妖から護っている。『紅麗』がある場所での旅は比較的安全であり、また足元の見えない夜道を照らしてくれる街灯の役割も果たしている。    この街の名はこの『紅麗』からついたものだ。  夜になっても『紅麗』は決して眠ることはない。  燈された『紅麗』の明かりが、ぼんやりと夜の世界を彩り、昼とは違った別の顔を覗かせている。  紅麗の中心部は昼間は活気溢れる市だ。様々な品物や食べ物が並び、売り子たちの張りのある声が響く。  だが夜にもなればそこは歓楽街へと変わる。酒造屋を始め、薬屋や春画を売る屋台が出、昼間とはまた別の活気に満ち溢れる。  竜紅人、香彩、療の三人は慣れた軽い足取りで、人の群れの中をすり抜けるようにして歩く。空気が少し乾燥していて、舞い上がる細かな砂礫を感じるけれど、気になる程でもない。  日は既に傾き、道には人の長い影が落ちていた。  今日はここで宿を探して一泊する予定である。宿の質さえ選ばなければ、たとえ日が落ちてしまっても三人でまとめて泊まれるだろう。  だが。 「……申し訳ございません、あいにく本日は満室でして……」  この言葉を何度聞いただろう。  気落ちした様子で三人は何軒目かの宿を後にする。 「やっぱり、あれかなぁ?」  ぼそりと香彩が言う。 「ここまで影響、来てるのかな」 「多分、そうじゃないかなぁ」  思いを巡らせるように視線を上に向けて、香彩の疑問に答えたのは療だ。 「噂は早いからね。特に自分に不利益になる噂は、尾ひれを付けて回るから。それに国境を越えられないって分かったら、より大きな街に滞在していた方が、何かと便利だし、情報も早く入ってくるからね」  紅麗の宿の数は決して少ない方ではない。  麗国一の大きな街というだけあって、上位の宿から相席宿までかなりの数が存在する。  普段であれば、街道沿いに存在する小さな街や、宿場街などに人が分散するため、よほどのことがない限り紅麗で宿が取れないという事態にはならない。  香彩は小さく嘆息して、宿で聞いた噂を思い出す。  国境に魔妖が多数出没していて、人に被害が出ている。麗国城主は縛魔師を国境に派遣しているらしい。国境に出た魔妖は今までになく強い妖力の持ち主で、縛魔師が適うかどうか分からないらしい。  状況は時と共に変わっていくものだ。  噂の中には現在本当に起こっている情報もあるだろう。だがそれを吟味できる材料と言えば、自分が与えられた情報と経験しかない。  竜紅人や療に比べて、圧倒的に経験が不足していることを、香彩は自覚しているつもりである。経験不足は時に、情報や噂によって混乱させられ、それによって起こりうる様々な物事に対して後手に回ってしまう。  確実なのは、より正しい情報を手に入れることなのだ。  香彩はふと、疑問に思った。その情報をこのふたりは。 「療や、竜紅人、って、……さ」
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