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第14話 紅麗 其の三

   香彩(かさい)が城の外へ出るようになったのは、ここ数年のことである。それまでは大司徒の甚大なる護守のある麗城中枢楼閣内で暮らしていた。  勉学に励み、知識としてある程度は頭の中に入っているのだが、実際に外に出て経験してみないと身に付かないこともある。だが彼の父親が、香彩を城の外へやることを断固と言っていいほど反対した。  それに対して猛反発をしたのが、竜紅人(りゅこうと)だ。  竜紅人は何度が香彩を外へと連れ出したり、国主(かのと)の勅命という名の使いを回してもらったりして、少しでも香彩に色々なことを経験させようとした。  その甲斐があってか、香彩の実父は竜紅人付きで尚且つ短時間ならという、折れた形で香彩の外出を認めた。  そして彼が折れたことを知った叶は、ここぞとばかりに勅命という名の使いを香彩に頼むことになるのだが、今となっては竜紅人にとっては頭の痛い種だ。 「ま、オイラも竜紅人も初めから経験があったわけじゃないし、そもそもオイラ達と比べて根本的なものが全く違うんだから、あんまり駄目だとか思わない方がいいよ」  (りょう)はそう言うと香彩に向かって、にこりと笑みを浮かべた。 「そうそう! 否定的なこと考えすぎると、自分自身に呪をかけてしまうぞ。特にお前の場合!」  竜紅人が香彩を指差す。 「ただでさえ内に溜め込む性格だっつーのに、自分で駄目だだとか出来ないだとか思ってたら、出来るものも出来なくなっちまうだろうが。それにお前、おっさんにも言われてただろう? 言葉を『音』 にする時は熟慮しろって。まさかとは思うがその意味合い分かってないとは、言わないよな?」  竜紅人のその物言いに、香彩はぐっと言葉を詰まらせる。  反論出来ずにいた。確かに竜紅人の言う通りなのだ。  言葉は音に出すと重みと真実味を増す。  『疲れた』や『駄目だ』といった負の印象のある言葉は、実は特にたいしたことのない事なのに、口に出した途端に精神に重みがかかる。『疲れた』を無意識に口癖にしている者は、知らず知らずの内にその言葉が持つ重みに精神的に疲弊していくのだ。  言葉には『力』が宿っている。  それは時には人を自身を救い、また時には人を自身を殺す凶器にもなる。  自分自身の内で答えを探しているのか、黙り込んでしまった香彩に、竜紅人は今日何度吐いたか分からないため息を吐いた。  日は既に落ちた。  今はまだ明るいが、じきに暗くなるだろう。少しずつだが人の往来も増えてきている。昼間に活気の溢れていた市が店じまいを始め、代わりに料理した食べ物を出す屋台が店開きの準備を始めていた。肉を焼く匂い、煮炊き物をする匂いが風に乗って運ばれてくる。
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