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第16話 紅麗 其の五

「え?」  竜紅人(りゅこうと)につられる形で(りょう)も、香彩(かさい)の方を見る。 「……考えないようにしてたのに、何で全部口に出して言っちゃうのかなぁ? 療は」  盛大にため息を吐いた後、香彩は療に向かってにこりと微笑む。 「なんなら、竜紅人と療の分も探してあげよっか? そして(かのと)様のお土産にでもしようかな?」  自分達の春宵画が、よりにもよって叶の手土産にされる。  竜紅人と療は背中に何故か冷たいものを感じた。  あの人ならば喜んで受け取り、妖気だか妖術だかよく分からない『力』を使って大量に複写して、行く先々にぺたぺたと貼っていくに違いない。そういう、いたずらや嫌がらせをさせたら天下一品なのだ、迷惑なことに。  容易に想像できてしまって、竜紅人と療が、盛大に香彩に謝る。だが香彩はそ知らぬ顔だ。  三人のそんな様子に、女性が声を上げて笑った。 「相変わらずだねぇ、あんたたち。叶様にいい土産ができてよかったじゃないかい」  よくねぇよ、と咄嗟に竜紅人が噛みつく。  香彩が改めて女性の方に向き直り、右手拳を自分の胸の上に置いて一礼をした。  心真礼という。  自分の上司までの位の者や、敬意を払うべき相手に対して行う礼である。 「ご無沙汰しております。姐貴(ジエ)」  香彩が顔を上げる。  姐貴と呼ばれた女性は悠然と微笑んだ。  彼女は紅麗及び紅麗が誇る色街界隈を仕切る(とう)だ。  名前を紅麗といい、この麗国の城下街とも言える紅麗の街の名は彼女からきている。彼女の父親が麗城の元大宰であったことから、彼女のことを親しみを込めて、紅麗公主、もしくは姐貴と呼んだ。 「本当に、実に久しぶりだねぇ。お前ときたら、遊びに来いと行っても言葉だけで、中々遊びに来やしない」  姐貴の言葉に、香彩は苦笑いをした。 「あったり前だろうが、姐貴! 未成年の役職ある子供がお前んとこに出入りしてみろ。もう遊びを覚えたのかなどと変な噂が付いたらどうしてくれる」  香彩を庇うようにして、竜紅人が再び姐貴に噛みついた。 「それくらい箔が付いていた方が、何かとやりやすいってもんさ」 「やかましい!」  竜紅人と姐貴のやりとりに、香彩と療は顔を見合わせた。  毎回のことなのだが、このふたりは似た者同士なのか、馬が合わないのか、よくわからないくらいに反発しあうのだ。種族的に考えると、人と魔妖の混血である姐貴は、確かに竜紅人と反発する間柄なのだが、それとはまた違った何かが、このふたりの間にはあるのだろう。 「さて、ところでお前達、こんなところでどうしたんだい? まさか本当に春宵画選びに悩んでいたわけじゃあ、ないのだろう?」  この姐貴の言葉に、当たり前だ、と竜紅人が喚く。  香彩は紅麗に到着したものの、宿がなくて困っている旨を姐貴に話した。無論、叶からの勅命は包み隠して。    この言葉に姐貴は豪快に笑う。 「なぁんだ、そんなことかい! だったらうちに来ればいいじゃないか。宿代ならいらないよ! 夕食も共に豪勢に行こうじゃないか」 「……お前のとこは、連れ込み宿だろうがぁ!!」  再び香彩を庇うようにして、竜紅人がおそらく本日最大の声量で姐貴に怒鳴った。  すぐ横にいた香彩や療は勿論のこと、姐貴もその大きさに顔をしかめ、思わず耳を塞ぐ。 「失礼だねぇ。決してそれを売りにしている宿じゃないくらい、お前が一番よく知ってるだろう? ねぇ? 司冠(しこう)」  にぃ、と姐貴が笑う。  その有無を言わさない笑みの迫力に、竜紅人はぐっと言葉に詰まる。
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