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第26話 愚者の森の攻防 其のニ

 思えば一体誰の所為でこんなことになっているのかという気持ちもなくはない。香彩(かさい)は心内でそう思いながらも、深く息を吸っては吐いてを繰り返して、呼吸を落ち着かせる。  香彩が落ち着いたことを見計らったのか、結界内に薄っすらと解放された気配に、香彩と竜紅人(りゅこうと)がそちらを見る。  結界の端、先程まで走ってきた方向の一番端に、(りょう)がいた。  療は竜紅人や香彩に振り返ることなく、前方を見据えている。  威嚇、もしくは牽制。  そんな言葉が香彩の頭の中に浮かぶ。  普段なら抑えて込んでいる療の妖気が、少しずつ大きくなりつつあった。  それに呼応するかのように、むせかえるような土の妖気の気配が辺りに漂っていた。  ざざぁと木の葉の擦れる音が聞こえる。  木々の間を縫うように移動しながら、徐々に数を増やしていく。  ついにその中のひとりが、結界内に入ろうと上から飛び込んできた。  だが衝撃音と共に、その身体が弾かれ、地に落ちる。  それは『鬼族(きぞく)』と呼ばれるものだった。  中でも土鬼(つちき)族という、鬼族の中でも低位の鬼だ。  姿形は人とあまり変わりはないが、頭には二本の角が生え、発達した犬歯を剥き出しにして、こちらを威嚇し続けている。  先程竜紅人の気配が押されていた理由が分かる。  土鬼は土の属性を持っている。対して竜紅人は水の属性だ。清流も土が混ざれば濁流となるように、水は土に弱い。それこそ竜紅人の攻撃の威力が半減してしまうくらいに。  結界内に再び大きな音がした。始めはなかった地響きのような振動がして、香彩は身を竦める。  土鬼が結界を破ろうと次々と体当たりをしていた。その度に結界内は揺れ、結界が働く術力によって土鬼は傷だらけになっていくのだが、全く頓着しない。 「……っ!」  結界を維持している香彩が険しい顔をした。  わずかにだが、結界が綻び出した。  それを見逃す土鬼ではない。  数は更に増える。まるで穴をあけるかのように、あらゆる方向から綻び部分に向かって体当たりを繰り返す。  ぱりん……と、乾いた音がした。  香彩はもう一枚札を取り出して、印を結ぶ。  と、同時だった。  ひとりの土鬼が結界に体当たりをし、するりと結界内に入り込んだ次の瞬間。  空間ははじけ飛ぶようにして、砕け散った。  土鬼が歓喜の声を上げ、一斉に竜紅人と香彩に向かって飛び掛かる。  その時だ。  ごぉうと風が吹いた。  嵐のような猛然たる烈風が、結界札のあった上空部分に巻き起こり、襲い掛かろうとしていた土鬼達を凪ぎ飛ばした。  竜紅人と香彩の前に降り立ったそれは、土鬼に対して気高く咆哮する。  その優美な巨体と四肢。  柔らかそうな白い毛並みに、黒い縞模様。  風の属性を持つ式神、白虎が悠然と顕現していたのだ。
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