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第25話 愚者の森の攻防 其の一
どれだけ走っただろう。
香彩 は大きく息を切らせながら思った。
竜紅人 と療 の気配を追いながら、香彩はひたすら追いかける。
時折療の気配が止まるのは、こちらを気にしてのことだろう。
人と比べ物にならないくらい、二人の足は速かった。まだ道らしい道を走ってくれているだけでも助かった。これで木々の間を飛ばれでもしたら、たまったものではない。
進行方向から洩れていた黄金色の陽の光は、進めば進むほど鬱蒼となる森林についに埋もれてしまった。
木々の隙間から見える空は、西日に彩られている。
(……夜が、来る)
昼間に満ちていた陽の光の気配、陽の気が。
夜と月の気配である、陰の気に変わるまさにその瞬間だった。
それは悪寒に近い。
背中にぞくっとしたものが通り抜けるそんな感覚。
(……妖気が)
追いかけるその先で妖気を感じた。
それもひとつではなかった。
数は少しずつだが増えている。
走る香彩の頭上そして左右の木々の枝が、何かの重みでしなり、返る。
ざざっと音を立てて、同じ方向へ疾走しているようだった。
無意識に香彩の足は速くなる。
叶うのならなるべく早く、彼らと合流したかった。この森の中で、たったひとりで数に囲まれるのは避けたい。
切らせる息を整える間もなく、香彩は右手の人差し指と中指を口の前に持っていき、息を切るような動作をする。すると、人の視界では見ることが困難になってきていた夕闇の暗さが、まるで昼間に歩いているかのように明るく見えるようになる。
そして、きんとした冬の空気のような水の気配を伴う神気が、前方から感じられ、ようやくその姿を目に捉えることが出来た。
「竜紅人……療っ」
近づく程に感じる、土の香り。
竜紅人はその腕の中にある何かを庇いながら、土の気配に対して威嚇のために『力』を開放していたが、徐々に押されつつあった。
香彩は竜紅人を一瞥すると、彼の前に躍り出て、一枚の札を空中へ放り投げる。札は意思を持ったかのように、香彩の頭上へ舞い上がる。
「陣!」
香彩の『力』ある言葉に呼応し、札を中心に半円を描いた結界が、竜紅人、香彩、療を包み、広い範囲で展開する。
うまく結界が作用したことを確認して、香彩は膝をついて大きく息を乱した。ずっと走り続けだった上に、術まで使ったのだ。
「……大丈夫か? 香彩」
竜紅人の声に、香彩は手振りで大丈夫だということを伝える。
視線だけを竜紅人に送ると、彼は結界内にあった大きな木の幹に、腕に抱いていたものをそっと寄り掛からせた。
(あれ……?)
それが少年だということに、香彩はようやく気付く。
気付くというよりは、やっと少年に見えたといったほうがいいだろうか。
今のは一体なんだったのか。
香彩が竜紅人に尋ねようとしたが、呼吸が上手く出来ずに咳き込む。
「ほら、焦るな。ゆっくり深く息を吸えって」
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