25 / 32

第25話 愚者の森の攻防 其の一

   どれだけ走っただろう。  香彩(かさい)は大きく息を切らせながら思った。  竜紅人(りゅこうと)(りょう)の気配を追いながら、香彩はひたすら追いかける。  時折療の気配が止まるのは、こちらを気にしてのことだろう。  人と比べ物にならないくらい、二人の足は速かった。まだ道らしい道を走ってくれているだけでも助かった。これで木々の間を飛ばれでもしたら、たまったものではない。  進行方向から洩れていた黄金色の陽の光は、進めば進むほど鬱蒼となる森林についに埋もれてしまった。  木々の隙間から見える空は、西日に彩られている。 (……夜が、来る)  昼間に満ちていた陽の光の気配、陽の気が。  夜と月の気配である、陰の気に変わるまさにその瞬間だった。  それは悪寒に近い。  背中にぞくっとしたものが通り抜けるそんな感覚。 (……妖気が)  追いかけるその先で妖気を感じた。  それもひとつではなかった。  数は少しずつだが増えている。  走る香彩の頭上そして左右の木々の枝が、何かの重みでしなり、返る。  ざざっと音を立てて、同じ方向へ疾走しているようだった。  無意識に香彩の足は速くなる。  叶うのならなるべく早く、彼らと合流したかった。この森の中で、たったひとりで数に囲まれるのは避けたい。  切らせる息を整える間もなく、香彩は右手の人差し指と中指を口の前に持っていき、息を切るような動作をする。すると、人の視界では見ることが困難になってきていた夕闇の暗さが、まるで昼間に歩いているかのように明るく見えるようになる。  そして、きんとした冬の空気のような水の気配を伴う神気が、前方から感じられ、ようやくその姿を目に捉えることが出来た。 「竜紅人……療っ」  近づく程に感じる、土の香り。  竜紅人はその腕の中にある何かを庇いながら、土の気配に対して威嚇のために『力』を開放していたが、徐々に押されつつあった。  香彩は竜紅人を一瞥すると、彼の前に躍り出て、一枚の札を空中へ放り投げる。札は意思を持ったかのように、香彩の頭上へ舞い上がる。 「陣!」  香彩の『力』ある言葉に呼応し、札を中心に半円を描いた結界が、竜紅人、香彩、療を包み、広い範囲で展開する。  うまく結界が作用したことを確認して、香彩は膝をついて大きく息を乱した。ずっと走り続けだった上に、術まで使ったのだ。 「……大丈夫か? 香彩」  竜紅人の声に、香彩は手振りで大丈夫だということを伝える。  視線だけを竜紅人に送ると、彼は結界内にあった大きな木の幹に、腕に抱いていたものをそっと寄り掛からせた。 (あれ……?)  それが少年だということに、香彩はようやく気付く。  気付くというよりは、やっと少年に見えたといったほうがいいだろうか。  今のは一体なんだったのか。  香彩が竜紅人に尋ねようとしたが、呼吸が上手く出来ずに咳き込む。 「ほら、焦るな。ゆっくり深く息を吸えって」
ロード中
ロード中

ともだちにシェアしよう!