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27.悪魔のような宰相の話と出産

 その夜はオットー・リーゼンフェルト伯爵も夕食を共にした。彼が帰宅し、僕はグスタフと共にベッドに入ってから尋ねてみた。 「オットーが恋している相手とは一体どのような方なの?」 「ああ、気になるか?」 「ええ。だって、彼ほどの男性が叶わぬ恋だなんて」 「なんだ。ルネはあいつのことを随分買っているようだな」 「え? だって、容姿も申し分ないし、地位もあるし……何が問題なのかと」 「あいつの見た目が好みなのか?」  グスタフは身体を起こして僕に覆いかぶさって来た。眉根を寄せて、怒ったような顔をしている。 「あの、別にそういう意味じゃなくて客観的に見て、の話です」 「ふん。まぁ、それもそうだな。あいつは伯爵でしかもものすごい大金持ちだしあの見た目だから女にも好かれる。ただし性格は歪んでいるがな」 「そう? いい人そうに見えたけど」 「食えない奴なんだよ。昔からな。だけどそのあいつですらマルセルには敵わないのさ」 「マルセルという方が想い人なのですか。……男性?」 「そう。マルセルはこの国の宰相だ」 「ええっ!? そんな方に恋を!?」 (え、だって宰相というからにはアルファなのでは……?) 「オットーは見るからにアルファですよね?」 「勿論。そしてマルセルもアルファだ」 「ああ、それで叶わぬ恋というわけですか……」 「そういうことだ」 (アルファのオットーがアルファの宰相に熱を上げているのか。それは……なかなか成就が難しい恋だろうなぁ) 「アルファ男性同士の恋人がこの世にいないわけじゃない。しかし、マルセルが相手となれば話は別だ。あいつは本当に悪魔のように恐ろしい男なんだ。見た目は確かに綺麗だがな」 (いつも自信たっぷりのグスタフがこんなに恐れるなんて、どんな方なんだろう) 「恐ろしすぎて、お前が今俺の子種じゃない赤ん坊を妊娠してるということはあいつには内緒にしてある」 「えっ」 (国の宰相にそんな大事なこと黙っていていいのかな?) 「あいつにそんなこと言ったら俺たちの結婚は絶対に反対されるからな」 「グスタフ……僕、本当にあなたの妻になっていいの? 宰相に認められないような相手なんだよね?」 「いや、そういうわけじゃない。お前を妻にすることには迷いはない。ただ、順序というものがある」 「順序?」 「とにかく、結婚してからだ。子どものことを話すのはな」 「そう……」 (よくわからないけど、グスタフに任せるしかないよね) ◇◇◇  その翌週に僕は産気づき、産婆を呼んで無事秘密裏に出産した。  それは陽の光に若葉がきらめく初夏のことであった。  産後すぐに赤ん坊はリーゼンフェルト伯爵の屋敷に移された。優秀な乳母が育ててくれるから安心するようにと伯爵からすぐに手紙が届いた。  実際こうなってみるまでは予想もできなかったのだが、産んですぐの赤ん坊と引き離されて僕は泣いた。  動物を考えればわかることなのだが、本能的に母親は我が子と離れることに不安を感じて精神的にかなりのストレスがかかるようだ。  後からこのように冷静に分析できるようになったけれど、産後一週間くらいは、何もしていなくても涙が出てきて仕方なかった。自分で産んだ子なのにこの手で抱いて育ててやれなかったことが申し訳なくて自分を責めた。  王侯貴族が自分の手で我が子を育てないのは一般的だが、同じ建物内にいて好きな時に会えるのと別々に暮らすのではやはり違う。我が子のために最善と思ってさせてもらったことだが、産後すぐは養子に出したことに後悔の念でいっぱいだった。  悲しみに暮れる僕を見てグスタフもつらかったと思うけど、彼は自分のことは二の次で僕を慰めることに専念してくれた。公務で忙しいはずなのに、なるべく僕と一緒にいる時間を増やしてくれさえしたのだ。 「ルネ。可哀想に……。赤ん坊と引き離してしまってすまない。どうか許してくれ」 「グスタフのせいじゃない……。僕がいけなかったんだ。何もかも、僕が……」 「違う。自分を責めるな」  しかし僕の様子があまりにも酷いので、一ヶ月しないうちにリーゼンフェルト伯爵の方から赤ん坊を連れて離宮を訪ねてくれた。 「ルネ様のご様子をお聞きして、すぐにでも会っていただかねばと思いましてね」 「オットー……ごめんなさい。僕がお願いしたことなのに」 「いえいえ。まだお身体もつらいでしょう。我が家に来て頂くのは無理でしょうからね」 「ありがとう」  僕は久々に我が子と対面し、抱くことができて心の底から安堵した。 (自分の子どもというのはこのように離れがたいものなのか……)  その後は体調が戻るに連れて精神的にも安定してきた。伯爵がその後も折を見て赤ん坊――エミールと名付けられた――を連れてきてくれたのが本当にありがたかった。

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