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【番外編】歪んだ真珠の肖像(10)
私が宰相となった翌年の六月にオットーが二十歳の誕生日を迎えた。誕生祝のパーティー当日は例によって私は欠席をしていたので、翌日に彼の元へ贈り物を持参した。彼が十八歳の誕生日を迎えてからはこのような形で、誕生日の翌日に一人でオットーの屋敷を訪ねている。
「おめでとう。今年も当日に祝えなくてすまない」
「ありがとうございます、マルセル。こうして祝いに来てくださるだけで私は嬉しいです」
私の不義理にも関わらず、オットーは不満をおくびにも出さなかった。
狩りに行かなくなった私達なので、もう狩りの道具を贈ったりはしない。異国で作られた繊細なレースのひだ襟をプレゼントとして選んだ。
「これは素晴らしい刺繍ですね。ありがとうございます。大事にします」
プレゼントを喜んでもらえたようで安心した。
「ところで、宮殿での仕事はどうですか?」
「ああ、段々慣れてきたよ。老人たちも最近は私に理解を示してくれて良くしてくれている」
「それはよかった。殿下が未だにあちこちへ飛び回っているのであなたは大変でしょう」
「それは宰相になる前からわかっていたことだ」
「そうですか。クレムス国王としてはグスタフ様に一刻も早く妻を娶って落ち着いていただきたかったでしょうに」
ティーカップを持ったままのオットーが私をじっと見つめている。何を考えているのかわからない彼の目を私は直視し続けられずにさり気なさを装って視線を外した。
「そういえば、君こそどうなんだ? 縁談の話がたくさん来ているんじゃないのか」
「ええ、そうですね。そういう話はよく来ます」
――やはりそうか。彼ほどの美丈夫ならば引く手あまただろう。
それにリーゼンフェルト家は伯爵とはいえ、資産は莫大でそこら辺の侯爵などよりも発言力や影響力があった。
「ですが、私はそういった縁談は全てお断りしています」
「何だって? どうしてまた……。君だってリーゼンフェルト家のためにも早く結婚して世継のことを考えないといけないじゃないか」
「私は、あなた以外の人間に興味がありませんから」
「――なに?」
「マルセル……。あの時は焦ってあなたを怖がらせてしまい申し訳ありませんでした。ですが、改めてこの想いをお伝えしたいのです。私が愛しているのはあなただけです。どうか私と結婚していただけませんか」
また彼はおかしなことを言い出した。一体どうなっているんだ。あの日口付けされてから何も言って来なくなったから諦めたかと思っていたのに……。
私は極力彼を刺激しないように心がけて宥めようとした。
「オットー。そんなのは一時の気の迷いだ。君はまだ若い。友情を愛と錯覚しているだけだよ」
「あの時から二年経っていますが気持ちは変わりません。一時の気の迷いなどではないとわかっていただけましたよね? 私はあなたに初めてお会いした時、あなたのことを運命だと直感したのです」
「運命だって? 馬鹿馬鹿しい。そんなことを言ってはいけない」
「なぜです?」
――なぜだと? 何を考えているんだ。
「オットー、君はもう子どもじゃないんだ。そんな馬鹿げたことを言って大人を困らせるものじゃない。私も君もアルファ男性では子どもが生まれないだろう。結婚出来ないのは明白じゃないか」
「そうです。私はもう二十歳です。自分のことは自分で考えて行動できます。子どもが出来ないからといってなぜ結婚できないということになるんです?」
――やれやれ……二十歳が考えた結果がこの発言だというのか。子どもが出来ない以上、結婚など許されるはずもないではないか。
「とにかくそんな話を聞くつもりはない。悪いが、これ以上この話をする気なら私は今すぐに帰らせてもらう」
「マルセル……どうしてです? 愛していると言うことすら許されないのですか? あなたは私のことをそんなに嫌っておいでなのですか?」
そんなわけがないだろう。私こそ、他の人間になど興味が無い。誕生日だからといって屋敷にまで贈り物を届けに来るなんて、殿下を除けばオットー以外にしたことなどない。
「そういう訳じゃない。以前も言ったが、私は友人として君を愛している。だからもうこんなことを言って困らせないでくれ」
「すみませんでした……。あなたを困らせるつもりはありませんでした。この話はこれで終わりにします」
「ああ、わかってくれてありがとう」
私が誕生日のパーティーを欠席しても不満な顔ひとつしないというのに、彼は今仏頂面で窓を見ている。内心納得していないのは明らかだった。
――君にもきっと素敵な女性か、オメガの男性が現れるよ。そうすれば今の感情がただの思い過ごしだとわかるだろう。
幸いなことに、オットーはこの日のことなど無かったかのように”愛している”だの”結婚したい”だのということは言わなくなった。それで私は安堵していたのだが、彼は諦めたわけではなかった。
それから毎年オットーの誕生祝いを持って行く度に彼がプロポーズしてきて、それを私が断るというのが恒例行事のようになっていったのだった。
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