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第1話 獅子座の男
あーあ、占い通りになっちゃった。
「言おうと思ってたんだけど、さ」
本日の占い、獅子座最下位。
恋愛のとこは覚えてる。好きと幸せは別物です。好きかどうか、と、幸せになれるというのは別物です、だそうです。
ちゃんと幸せになれる人を選んでね。確かそんなだったはず。
まさか当たるとは思わなかったなぁ。あ、あと、思わぬ出費があるかも。だったかな。それも……当たるよね。だって今日はネカフェ、かな。ビジネスホテルはちょっとなぁ。高いし。こういう時、セフレがいるとよかったかもね。でも、彼氏いるのにセフレいたらおかしいでしょ?
まぁ、たった今、その彼氏はいなくなったけどさ。
「ほら、お前の今の状況考えると……さ」
好きと、幸せ、かぁ。
「なに? …………婚約者って言ってたけど?」
「あー…………まぁ…………そういう感じ?」
確かに、好きと幸せは別物かも。
そして、そういう感じってさ、どういう感じ? なわけ?
「もう歳が歳だし? 親もうるさいしさ。お前のことは好きだったけどさぁ」
すでに過去形ですけれどもね。
「でも、ま……フラフラしてもいられないだろ?」
俺と「フラフラ」してたんだ。そっか。
「お腹……」
「! ま、まぁ、そういう感じ? あはは。できちゃったらさ」
だからどういう感じよ。
フラフラしてたの、そっちじゃん。あっち行って、こっち来てって。何? できちゃったらって。自然にできるものじゃないでしょ。セックスしたからできたんでしょ。そこは合意で、したわけでしょ。
「最低」
「それは……まぁ、そうなるかもだけどさぁ」
「最低っ!」
何そのふんわりとした返事。
なんかもっとたくさん言えればいいのにな。
語彙貧相すぎじゃない? 俺。
でも最低すぎて、言葉が出てこない。本日の占い最下位の獅子座の俺には他に言葉が出てこなくて。
今日は面接だったんだ。
それで、その面接を受けるお店に向かう途中、電車の中で本日の占いを見たら、獅子座が最下位でした。あららって思いながら、でも占いなんてそんな信じる方じゃないし。どんまい気にすんなって思い直してさ。だって、その占いの通りだったとして、獅子座の人が日本に何人いると思う? その人たち全員もれなく不幸が待ってますなんてことないじゃん。だから星座占いなんか率先して見たりなんてしない。もちろん、血液型占いもしない。日本には四つのタイプしかいないことになるし、四つの運命しかなくなっちゃう。
だから、好きな人と幸せになることは別物ですって言われても、ふーんって思ったのに。
思わぬ出費があるかも、なんて気にしないって思ってたのに。
何、これ。
「最低!」
言葉も出てこなすぎ。
でも、頭があんまり働かない。
イライラしてる。
だって、面接、微妙だった。多分、気にされたのは年齢かな。今日、受けたとこ、けっこう並んでる服が若い子向けだったから。それとちょっと趣味じゃないっていうか、ぎりぎりなとこだった。苦手系なのもあったっていうか。だから、向こうも同じことを思ったっぽい。もっとナチュラルなのだったり、上質って感じの方が好きなんだよね。ゴツいアクセじゃらじゃら系はちょっとね……。
でも、仕事しないとさ。
アパートの、隣の隣の、そのまた隣。というか俺が左端で、問題発生は右端の部屋。まぁ、その右端さんの部屋はいわゆるゴミ屋敷ってやつで、そこからボヤ騒ぎ。そりゃ燃える物もあるんでしょう。そんで、もうこの際、立て壊しますってことになり、強制退去が決定。
だから、仕事しないとさ。彼氏に迷惑じゃん? ずっと、プーなままでお世話になってるわけにはいかないじゃん?
そんなわけで、一生懸命、面接がんばろーって。
「最低!」
お金稼ごう! ってさ。
頑張ろう! って思ってたんだけどさ。
こいつは、彼氏じゃなかったそうです。
俺が面接頑張ってる間、来月デキ婚する予定の婚約者さんと夕飯食べてました。まさかの、俺が面接を受けた店の入っているショッピング街で。
良いホテルに素敵なカフェ、ブランド物が並ぶショッピング街、レストランは美味しそうだけど、でも値段がとってもいただけないお値段。ランチ八千円からって何? その、「から」って。じゃあ、お腹いっぱい食べるにはいくらかかるんですか? ってさ。
そして、そんな場所を、面接あんまだったなぁ、他に求人出てるとこないかなぁってブラブラしてたら遭遇した。
彼氏に。
「あ……」ってお互いに思ってさ。
俺はバカなので、偶然会えて嬉しいなんて思っちゃって。にっこり笑顔で手を振ろうとした時、その脇からひょこっと可愛い顔をした女が出てきた。
そして最悪なのがさ。
あ、もしかして、今、アパートに住まわせてあげてる……大変だったって聞いてますぅ。
だってさ。
俺は職なし宿なしになっちゃった可哀想なオトモダチって設定になってた。
まぁ、そうだよね。男だもん。カノジョさんにしてみたらトモダチに見えるよね。
セックスもする友達だけどね。全然、昨日もしたけどね。
でもカレシではなかったそうです。
「言い出せなかったのは悪かったって。けど、お前のいまの状況で言えるわけないだろ? だから、俺はっ」
「最低!」
好きと幸せっていうのは違うそうです。
「俺は、クビになって、アパートも出ないといけなくなった聡衣(さとい)が可哀想だからっ」
「!」
突然ですけど、世界で大嫌いなこと、三つあげるとしたら。
一つ目、タバコ、ゴミのポイ捨て。これって、最悪。地球はあなたのゴミ箱じゃありません。
二つ目、ホラー映画。なんで、わざわざ怖い思いをしたいのか。
三つ目。これはとにかく嫌い。大嫌い。
「可哀想にって、優しさでっ」
「最低短小男!」
可哀想って思われるのが、大嫌い。
あ、あと、泣き顔見られるのも嫌い。だから、今、泣かないように、ぎゅっと目を瞑って、目から出ちゃいそうになるものをぎゅーって目の奥に閉じ込めて。
「っ!」
妊婦で彼女で、本命で、幸せ絶頂期みたいな顔をした婚約者に聞かれないようにとトイレに連れ込まれてさ。こんなところで衝撃の別れ話を言われ、挙句、可哀想でとか、優しさで、なんて言われて。もう最悪。だから、トイレの外にも聞こえそうなでっかい声で悪態を叫んで、殴ってやった。
「ってぇな! 人が優しくしてやってんのにっ」
「!」
グーで殴ってやった。
そして、浮気男が手を大きく振りかぶったのが見えた。
「っっっっっ」
「いや、さすがにあんたはグーで殴ったらダメだろ」
でも――殴られなかった。
目の前には真っ赤な顔をして御立腹真っ最中の浮気男と、その大きく振りかぶった手を受け止めてる人。
「殴られても仕方ないことしてんのに」
知らない人。
キリッとした、すごい……仕立てのいいスーツ着てる。
「二股しておいて、女の方とデキ婚。けっこうぶん殴られて当たり前だぞ」
「! 誰だてめぇ! 関係ない奴がなんなんだよ!」
「ちょっと彼に用事があるんだ」
はい? あの、俺は、貴方に用事、ないです、けど?
最低二股短小男がバタバタと暴れ出したところで、その手をパッと放った。すごい、高い腕時計だ。詳しいわけじゃないけど、高いのは知ってる。
「とりあえず、さといはもらってく」
「は?」
「え? あのっ」
「それじゃあな……短小男」
わ、すごい悪い顔。笑ってそして、あいつの股間を見て、もう一回笑った。それからその人は高級時計をしたその手で俺の腕を掴んで、颯爽と、トイレを退場してしまう。
一人、トイレにあいつを残して。
「さとい、が名前?」
「…………え?」
「名前、あれがそう言ってた」
あいつ、あれ呼ばわりになっちゃった。
「あ、うん」
これって、ナンパ?
「漢字は?」
「は?」
「名前の漢字」
漢字? なんで? ナンパ?
「あ、えっと…… 耳へんに公園の公を書いて心」
「それと、衣、ころも? 伊、イタリアの?」
「あ、ころも……」
「聡衣、上は?」
そこでさっきの人がいた。妊婦の。
あの野郎はぶん殴ったけど、あの子は悪くないでしょ。っていうか被害者だし。そして、妊婦さんだし。元気な赤ちゃん産んでほしいし。ただあの野郎が家族を持つことに一抹の不安があるから、むしろあの妊婦さんの幸せを願っちゃうくらいで。
「……多分、話しは聞かれてない。あそこで妊婦グッズ選ぶのに一生懸命っぽいから」
「え? あ、はい」
そっか、ならよかった。
「それで苗字は?」
「……ぇ」
「って、突然フルネームは怪しくて言えないか」
まぁ、しっかり個人情報なので。
「これ、俺の名前」
その人は胸ポケットに入っているカードケースから運転免許証を取り出し見せてくれた。
おぉ、ゴールドカード。素晴らしい。そして名前は――。
「久我山旭輝(くがやまあきてる)だ」
久我山さん、っていうらしい。
「聡衣は? 不信なら、これ、運転免許証のコピーでもやろうか?」
「あ、いや、大丈夫、そこまでしなくても……えっと、枝島、です」
「木の枝に島?」
「あ、うん」
このなんとなく色々高級そうな彼、えっと久我山さんは名前の漢字をとても気にするナンパの人、なんだろうか。占いをするとか? えぇ、そしたら、ちょっと今後の恋愛運と健康運? とか占ってもらいたいかも。
「聡衣は職なし、宿……今、なくなったな」
「は、はい」
そうなんです。今後どうしたらいいんでしょーか。なんちゃって。
「仕事は斡旋してやれないが、宿なら提供してやれる」
え? マジですか? ネカフェよりも安い? なんかスーツ着てるし、サラリーマン……にしては高級感あるけど、会社員かと思ってた。違う? ホテルとかやってる人?
「家賃ゼロ、仕事が決まるまでいてもらっても構わない」
えぇ? 怪しくない? 世の中、タダより高いものはないっていうけど?
「光熱費、食費も、別にいらない」
ほらほら、すごい怪しい。このまま売り飛ばされでもするのかな。ゴールドカードのこの人に。そこまで俺っていうか獅子座の運勢今日は最悪なのかな。他の獅子座の人は大丈夫ですか?
「ただし、ちょっと頼み事がある」
ほら!
来た!
怪しい依頼。海外に売り飛ばされちゃう系の。
「俺の恋人のフリをして欲しい」
されちゃう系…………の。
「聡衣」
されちゃう系ではないけれど、もっと意味不明な怪しい、怪しいお仕事を、ゴールドカードで高級時計で仕立ての良いスーツのイケメンに、たった今、斡旋された。
それが、今日の獅子座の運勢、でした。
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