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第2話 作り笑いは得意なんです。

 連れて行かれたのは、さっき、チラリと店を見て、チラリと見えたお値段に、いただけないところですねって思ったレストラン。  そして、今、課せられた指令は、運転免許証がゴールドな優良ドライバーで、高級時計で、それから仕立てのいいスーツを着ているってことくらいしか知らない、久我山旭輝さんっていう人の恋人のフリをすること。  諸々伺いたいことは山ほどあるんだけど。 「枝島さん……」 「は、はい!」  この依頼を遂行できたら、家賃なし、光熱費食費なし、無一文でも大丈夫な部屋に住まわせてもらえるらしい。  もうさ、怪しすぎて、むしろ流されてる。  この流れに。  どんぶらこっこって。  意味がわからなすぎて。  そして、この人、誰? 目の前にいる人。誰ですか?  めちゃくちゃ睨んでくるんですけど。何?  この人もすごい高いスーツ着てる。高級ブランドのやつ。もちろん時計も、こっちはかなりさりげなくだけど、いいの、だと思う。高級時計なんて買えるわけないし、あんま時計系は興味なくて、詳しくないけど。 「貴方が、久我山さんと一緒に住んでいらっしゃるパートナー……ということで間違いないですか?」 「え、あ……」  考える暇なんてないし、もうよくわかってないし、とにかく、こう答えろって言われたから。 「はい……そうです」  そう、答えて。 「間違いない、です」  そう、コクンと頷いて、にっこり笑った。  名前を呼ばれて、どう考えても怪しんでますって顔をするその人へと、にっこりと幸せそうな笑顔を向けた。 「……」  睨まれてるけど全然笑顔で。  作り笑いはすごく得意だし。  仕事柄、お面みたいに「笑顔」は常にしてないといけませんから。  アパレルで接客業なんてしてればいろんな人がやってくるわけで、嘘でしょーって言いたくなるような客なんてわんさかいる。畳んだそばから奪うように服を手に取って、ちょっと見て、そのまま店員である俺の前に、ぽーいってその服を放る客とかね。あとどういう教育したらこんな床で寝そべってひっくり返ったカナブンみたいに暴れるようになるんだっていう子どもとその親とかさ。とにかく失礼な人なんて山ほど遭遇してきた。それでも笑顔は常にキープ。  はぁ?  って、思うようなことをされても、とにかく笑顔で丁寧に。  それが俺のお仕事、だった。 「いつから交際を?」 「一ヶ月前から」  質問に答えたのは俺の隣に座っている、久我山さんだった。  目の前に座っている相手? の、その人は貴方には訊いていないと言わんばかりに、キリッとした目元を釣り上げて、俺の隣に座る彼を睨みつけてる。  でも、そんなの気にもしないって涼しげな顔、してる。久我山さんも、どういう仕事をしてるのか知らないけど、鉄仮面を持ってる人なんだろうなぁって、隣でぼんやり思ってた。 「どこでお知り合いになったんです?」  とにかく、俺は適当に話を合わせればいいと言われた。  トイレからこのレストランまでの数分の間で言われたことは三つだけ。  一つ目は、何にでも久我山さんに合わせて「はい」って答えること。  二つ目は、今から会う人物の前で恋人のフリをすること。  俺、男なんですけど、とにかくそれでいいらしい。  久我山さんにとってはその方が好都合なんだそうです。  どんな好都合なんだって思うけど。それを尋ねる隙なんてなくて。わけわかんなくて。 「枝島さん」 「は、はいっ」  それから三つ目は――。  三つ目は、あんな男とは別れて大正解。  だってさ。 「居酒屋です。俺が具合悪くなっちゃって、それで久我山さんが」  俺が具合悪くなってそこを介抱してくれたってことでいいんだよね? 「……一緒に住むほど親密な中なのに苗字読みなんですか?」 「えっ?」  あ、たしかに。ですよねぇ。 「照れ屋で人見知りなんだ」  代わりに久我山さんが即答してくれた。けど、ダメなんだってば、向こうは俺に話させたいんだから。ほら、「だから貴方には訊いてない」ってものすごい顔で睨まれてるってば。 「な、聡衣」 「ぅ、うん」  いや、俺も、嘘下手くそか。返事、つっかえちゃった。  でも、この目の前の人、圧がすごくて。ずーっと睨んでるし。アパレルでいろーんな人見てきたけど、ここまで露骨に睨みつけてくる人ってそうそういないと思う。  久我山さんどんだけのことをして、どんだけ怪しまれてるわけ? 「人見知りなんですぅ」  そう言って、咄嗟に久我山さんの手を取って恋人繋ぎをどーんとその睨みつける視線に対抗するように差し出した。ほら、どうだ! って。  目前に突き出された絡み合う恋人繋ぎの二つの手をじっと見つめて、そしてその手さえも睨みつけてるから。  今度は久我山さんがその手をほどき、俺を抱き寄せるように肩に回した。  ここ、レストランですけど。半個室とはいえ、レストランなんですけど。  目の前の人はそんな俺たちをしばらくじっと見つめてから、もう一度確かめるように俺だけをじとーっと観察して。 「……わかりました」  わかってくれたらしい。 「とはいえ、久我山さんの今までを鑑みて、しばらく監視の方をさせていただきます」  え? 「ああ、かまわない。別にやましいことも隠してることもないからな」  いやいや、やましいでしょ。嘘ついてるもん。隠してるでしょ。付き合ってなんてないもん。ついさっき知り合ったばっかりで、ついさっき名前を伺ったんだもん。  そして、俺、男だもん。そこはなんで二人ともとりあえず話題の「わ」の字にも出さないわけ? 「よろしいですね」  全然宜しくないです。 「は、はい……」 「もちろん、お二人の生活の邪魔になるような行為はしませんので。あくまで確認です。大先生にこれ以上のご心労をおかけするわけにはいかないので」  何? 大先生って。 「それでは、そういうことで」  どういうことですか? 「頑張って下さい」  えぇぇ? 「頑張るも何もない。俺たちはフツーにしてればいいだけだからな」  えぇぇぇ? 「……」  そして思い切り怪しいんでいる視線にぐりぐりゴリゴリ、ぶっ刺されまくりの中、久我山さんは俺を引き寄せると、にっこりと、アパレルで培ったはずの笑顔マスターな俺でさえ今ちょっと忘れてできてなかった、完璧な笑顔をその視線の先へと向けていた。

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