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第18話 蒲田さん……
ノンケは範疇外、なの。
恋愛対象は同性。そして、ゲイかバイ。
だって、ノンケは絶対に戻っちゃうでしょ?
そんなドラマみたいなこと起きないって大人だからわかってるし。
結局、どこかで戻る。
女の子がいいって。
だからしない。そんな、絶対に終わるところが他よりずっと鮮明な恋愛なんて最初からしない。
そのくらいのことは大人だから、もうわかってる。
「んーん、どうかなぁ」
アパレルの求人ってけっこうあるんだけど、ここまでハイレベルな人材じゃないんだよね。俺。
自分で言うのもなんだけどさ。
バイリンガル、トリリンガル歓迎とかさ。多分、仕事で海外との取引が多いバイヤー系だったり、親会社が海外のアパレルメーカーだったり。
でも、残念なことに言語は日本語のみです。
英語は中学英語で止まってます。しかも学校で習っただけの、実生活ではちっとも使えない非実践的英語。ビジネス英語なんてできるわけもない。トリリンガルなんていうのは夢のような話で。
「……」
夢のような話。
そう夢のような話っていうには、起きることがほとんどない、可能性さえないことを言うわけで。英語もできない俺にはどう頑張ったって英語とそれプラス他の言語なんてできるはずがなくて。
つまりはそういうこと。
俺がトリリンガルなんて絶対になれないように。
――けど、聡衣はそう言うのないな。
ノンケは……ゲイにはならないよ。
やっぱりいつか、きっと必ず戻ってく。女性の方に。
どんなにいっときこっちに傾いたってさ、それは気の迷いでしかない。
話したこともない英語以外の外国語をあいさつだけその場で教わって、たった一言、その挨拶が言えただけで、話せるようになった! なんて喜んでるのとほとんど同じ。
その時は確かに「話せた」のかもしれないけれど、そんな一時的に覚えた言葉なんて、あっという間に忘れてしまう。手で救ったお水みたいにあっと言う間に指と指の間から抜けて行ってしまう。
ノンケだもん。
ただ魔が刺しただけ。
その時はちょっとありかもって思っただけ。
女性が好きな男が、同じ男に本当に恋なんてしない。だから、俺も、恋はしない。
「あ、ここ、履歴書いるんだ」
今日は二つ、良さそうな、面接まで漕ぎ着けそうな求人を見つけた。そこに応募をして、ふと履歴書の提出があるって言うのを見つけた。今までのところがほとんどこのWEBエントリーだけで履歴書不要になってた。書いてる内容は履歴書に書くことそのままだからこれで充分っていう判断をしてくれてたんだろうけど、この応募したところ、面接ってことになったら履歴書持って行かないとじゃん。
じゃあ、買ってこないと。
買って、こないとって……外出たら。
「………………」
座敷童子に尾行されてる……んですけど。
「………………」
え……えぇ……あれって、蒲田さん、だよね?
メガネとマスクで変装でもしてるつもりなのかな。嘘でしょ……普通に蒲田さんなんだけど。
すっごいこっち見てるし。
すっごい後ついてくるし。
コンビニで履歴書買おうと思った。そして外に出たら、蒲田さんが物陰からじっとこっちを見てた。今日、俺って外出の予定なかったし、まだ全然久我山さんが帰ってくるような時間でもないんだけど、ずっとあそこで見てるつもりだったのかな。それとも俺が履歴書買うことを予想……なんてしてないか。
ふと、履歴書に手を伸ばしながら、怪しさ全開の蒲田さんへとパッと顔を向ける。
「!」
パッとそっぽを向く。
「……」
また履歴書の方を見て。
パッと顔を蒲田さんに向ける。
「!」
パッとそっぽを向く。
「……」
パッ、パッ。
あの人、「大先生」の秘書って言ってたけど、政治家の秘書ってあんなでいいの? でも、政治家って本当はお馬鹿さんとかなのかもしれないから、ちょうどいいの? 婚約中の愛娘が女ったらしに引っ掛かってって、秘書使って、興信所使って、その女ったらしのこと調べまくるくらいだもんね。
「あの……」
パッと、そっぽを向いてる間に、そっとその場を離れて、それからぐるりと回って、蒲田さんの後ろに立ってみた。そしてそこからポツリと声をかけると。
声は出さなかったけど。「ぎゃ」に「あ」が百個くらいくっつきそうな叫び声を顔面だけで無音で上げながらこっちに振り返った。
「蒲田さん、だよね?」
「………………」
どう見たってそうなんだけど。
「……ち、違います」
嘘ついた! 政治家嘘つきばっかりだから!
「蒲田さん」
「!」
「でしょ?」
伊達メガネにマスクしてる大先生の秘書さんが、もぞもぞと何かをマスクの中で話しながら、俯いた。でも全然聞き取れなくて、首を傾げながら、耳をそっち側に傾けて。
「本当にお付き合いしていると報告書が届きました。週末は二人ででかけていると。一緒に暮らしていると思われると」
「はい……」
「でもまだ疑わしいので継続しての調査をお願いしていました」
あ、まだ疑われてる。そりゃ、そうだよね。だって久我山さん女性が好きだもん。
「ところが先日、仕事帰りの久我山さんと一緒に貴方がカフェで食事をして一緒に帰宅したと報告を受けました」
あ、それ、この間のだ。すごい、どこかで本当に見られてるんだ。「警察二十ナントカ」にありそう。そんな本当に上手に気が付かれないように尾行ってされるものなんだね。
蒲田さんが下手なだけかもしれないけど。
でも、そっか、そしたら、もうこの偽装生活は――。
「完全に一緒に暮らしていると」
久我山さん、ホッとするかな。するよね。これで、あとは自由の身だもん。
「仲睦まじい様子だと」
一件落着……。
「でも、私はまだ疑ってます!」
「え?」
「久我山さんの恋愛遍歴をご存知ですか?」
「……あ、あぁ、まぁ」
「本当に数多くの女性と交際していました! 本当に数多く」
「……はぁ」
「つまりは! 女ったらしなんです!」
「あの」
蒲田さんって、もしかして天然キャラなのかな。すっごい声大きいからコンビニで目立っちゃってるんだけど。会話の内容がないようだし。
「そんな人が男に走るとは思えません!」
ホント、内容が内容だし。
「あの、蒲田さん……」
「それに本当に女ったらしなので、いいですか?」
はぁ、っていう俺の生返事なんて完全無視で、すごいたくさんの女性との大人な交友関係をツラツラと教えてくれた。それを聞きながら、この人が大先生の秘書で、そんなでこの国の未来は大丈夫なのかなってちょっと心配になってきたりして。蒲田さんのこともあまりに天然っぽくって心配になってきて。
さっきまでノンケは範疇外って、ちょっとなかなか上手くいかない転職活動も相まって、アンニュイな気持ちだったんだけど、それが吹っ飛ぶくらいに蒲田さんの下手な変装がおかしくて。
「なのでつまり!」
「はい」
「貴方が彼に愛想を尽かし、別れて、またお嬢様にちょっかいを出すかもしれない」
すごい想像力だなぁなんて。
「あの、俺、愛想を尽かしたり、多分しないかと」
「多分、では困るんです!」
今、俺がこのコンビニに二度と来れなくなりそうで困ってます。
「なので、今後ももう少し調査の方は続行しますので!」
「え?」
あ。
「女ったらし、ですから!」
今。
「失礼しますっ」
俺、ちょっと。
「……」
ちょっと、気持ちがふわって、なった。
「……ぇ」
今、まだこの偽装交際続けないといけないって。
「……なん……」
気持ちが、ふわって……。
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