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第19話 超高級弁当って……

「は? 蒲田が尾行?」  なんか、響きのせいかな。「かまたがびこう」っていうのと、あの蒲田さんの、変装にこれっぽっちもなってないマスクと眼鏡を思い出して、ちょっと笑いそうになっちゃった。  いや、ホント、下手くそすぎて。  あの人だって政治家の秘書なんてやってるんだから、しかも大先生って呼ばれてるような。絶対に優秀なエリートじゃん。そんな人のする変装がメガネにマスクって……。 「そ、コンビニで」  今日の夕飯はお弁当。 「にしても、うまー……」  コンビニの、じゃなくて。  一口食べるごとに、はぁって溜め息が溢れちゃうような超高級焼肉弁当。  残業で遅くなったから、これでいいやって思ったんだって。  いいやって思って買ってくる弁当がこれってどういうことなわけ?  残業続きのエリートはこんな美味しいお弁当を、って言ったら笑ってた。いつもこんなわけないだろって。  でも、すっごい有名な焼肉店の上ロース焼肉弁当。芸能人がよく行くって言われてるとこ。  それをあろうことか俺の分まで買ってきてもらってしまって。  でも、買って帰るからって言われたら、さ。待っちゃうじゃん?  一応、一回は断ったよ? メッセージが来てさ、一応はね。遠慮しました。  まぁ、履歴書買いに行くくらいであとは掃除して、のんびりしてた俺はお腹がそんなに空いてなくて、夕飯どうしようかなぁ、小腹は空いてるんだけどなぁ。夕飯スルーする? あ、駄洒落。なんて思って、でもここで食べないってすると大概夜中にお腹空いちゃうしなぁ、と、ぐだぐだしてたところに、そんな「夕飯済んだか?」なんてメッセージ来たらら、夕飯まだですって答えるでしょ? そしたら弁当買って帰るなんて言われてさ。  いやいや、そんな申し訳ないですから、ってさ。  ね? 一回は遠慮したもん。  けどさ、駅の近くで売っていて美味しそうだからと二人前買ってきてもらっちゃったらさ、食べちゃうじゃん?  官僚は忙しい仕事らしくて定時で帰れることなんてほっとんどない。そんなの奇跡か天変地異の時くらいしかないって。  大体遅くなる。  そして今日はすごく疲れたからお弁当にビール。  俺の場合はチューハイ。  それを二人でカウンターテーブルに並びながら食べてる最中。  嘘みたいに美味しい。  そして、嘘みたいに尾行が下手な蒲田さんの話をしてた。 「なんか、ほら、この前、俺が友達と飲んで帰ったところでばったり会ったでしょ? で、パン屋さんで遅い晩御飯食べて、一緒に同じマンションに帰るところを、その調査の人が報告したらしくて」 「へぇ」  すごいよね。柔らかくて口に入れた瞬間とろけるってよくテレビとかの食レポでいうのを聞いてる度にさ、食べ応えなくてもったいないじゃんって思ってた。だって口に入れた瞬間ほろほろに蕩けて消えちゃったら、食べた気しないじゃんって。  でも、とろける。  とろけてっちゃうのに、口の中ぜーんぶが美味しくて満足する。 「週末も一緒にいるようだし、交際確実っていう報告書が出されたらしいんだけど、でも、久我山さんの女性遍歴を考えたらそんなことありえないって、蒲田さんが」 「っぷは」 「信じてもらえず」 「なるほどな」 「そこ笑うとこ? 一緒に住んでるのに信じてもらえないなんてさぁ、どんだけ女ったらしだったわけ?」  でも、確かにすごい女ったらしだねって言えるくらいに、まぁ、女遊びはしてるっていうか。  けどさ、そうもなるでしょ。  女ったらしにもさ、なるよ。  こんなハイスペック男なんてモテないわけないじゃん。向こうからいくらでも寄ってくるんだもん。 「引くて数多? 両手に花?」 「両手に花は違うだろ。でも、そうか……まだ調査、見張りは継続中……か」 「だそうです。なので、残念。まだ女ったらしはしばらく自粛」 「……」  そこでじっと久我山さんが俺を見つめた。 「……継続、です、よ」  自粛継続ざんねーんって冗談混じりに言ったところで、バチって目が合いそうなくらい、隣に座る彼と目が合って。 「…………ぁ」  金縛り、みたい。  喉奥で言葉がつっかえる感じ。  焼肉弁当、固くなんてこれっぽっちもない、柔らかい、柔らかいお肉なのに。まるで喉のところでつっかえちゃったみたい、一瞬だけ、呼吸がきゅっと止まった。 「そうか……」 「そ、そうっ……そうです。残念でした」 「別に」  まだ女ったらしは封印だねって笑って、それで。  えっと。  もう、なんで急にこっち見るから。隣同士だから距離、近いんだってば。  ノンケなのに。  びっくりしたじゃん。  ノンケなのに。  こっち、あんなふうに見ないでよ。  ノンケ、なのにさ。 「残念じゃない。延期。けど、それじゃあ、今週末はこれ見よがしにデートしないと、だな」  身構えちゃったじゃん。 「……は? デート?」 「思いきり手本みたいなデート」 「……え?」  そんなデート。本当は俺とじゃなくて、したいのは女の子と、のくせにさ。 「週末空いてる?」 「わ、わぁ……モテまくりの久我山さんがエスコートする手本みたいなデートってどんななんだろ。もう、女の子だったら泣いて喜ぶんじゃない?」 「……どうかな」 「だ、だって、すごかったもん。本当に。蒲田さんから暴露された、その色々って言うか」 「あぁ」 「女ったらしいぃ」  わ。自分でも笑っちゃうくらい。下手で、面白くない返しをした。でも、だって。 「そう、その女ったらしが最後に夢中になった」  だって。 「彼氏とするデート」  だってそう言ってビールを飲み干した久我山さんがとても楽しそうに、笑ったりなんて、したから。

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