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第20話 ふわり、ふわりと
一週間、でもないか。
数日間、か。
最寄りのスーパーでトイレットペーパー買いながら。
デートって? って、考えた。
ゴミ捨て係をかって出て、電池とかの危険物を出せるのは、ここの地区だと水曜日なんだなぁって思いながら。
デートっって? って、考えて。
今日は久我山さんかなり遅くなるのかぁ、じゃあ、お湯張らなくてもいいかなぁ、きっと久我山さんシャワーだけだもんね。なんてことも考えながら。
デートっっって? って、考えてた。
週末までの数日間そんなことを考えてた。
「お、用意できたか?」
待ち合わせたのは玄関のところ。だって住んでるところ同じですから。外では待ち合わせしないでしょ。出発地点が一緒だもん。
俺は今使わせてもらってる小さな自室の中で今日のコーデを考えて、約束の時間に部屋を出た。
出たら、久我山さんもちょうど準備ができたみたいで腕時計をしながら歩いて玄関に来たところで。
ちょうどバッタリ出くわして。
「!」
久我山さん、コートがいつもと違う。明るいベージュのウールブレンドコートに中がダークブラウンのニット。パンツはこれまた明るいベージュ。
仕事に行く時とは全く違う。けど、家でくつろいでる時とも違う。そんで、どっちにしても上質っていうのはわかる。
センス、すっごくいい。
黒髪だから明るいカラーのコートがすごく生えてて。
「……」
「な、何? そんなじっと見て。変だった?」
俺は差し色になりそうなブラウンが少し混ざった、けれどビタミンカラーでもあるオレンジのニットにブラウンのパンツ。黄色が強いオリーブグリーンのウールブレンドコートにした。明るい色の方がいいかなぁって、思ったりなんかして。
デートだからさ。
っていうか、デートって?
はい?
そこまでする?
いや、するか。蒲田さん信じてくれないんだし。
それならデートするしかないじゃん。
信じてもらわないと、こっちとしてもこのままここで暮らしてかないといけなくなるし。それじゃ、困るし。久我山さんだって困るだろうし。大先生が怒っちゃうから。でも、もう調査結果は出たわけで。ただ今までの女性遍歴のせいで疑ってる蒲田さんが納得してないだけなわけで。
だからここまでする必要はないような気もするわけで。
「さすがアパレルで働いてるだけのことはある……似合ってる」
「!」
あ、ダメ。
今、ちょっとだけ、ふわって。
いやいや。
ふわって、なる要素ない。全然ない。
ないってば。
「さ、行くか」
「あ、あのっ久我山さん」
「?」
「デートって、あの、ね、どこへ? って、わっ、わぁっ」
「あっぶ……な」
小さな段差。ほんの一センチ、二センチくらいかな。白っぽい床板の廊下から玄関の大理石へとたったの一センチ、下がったことに足を取られて、もつれて、もう少しで後頭部から回復不能なくらいにぶっ倒れるところだった。
でも大丈夫だった。
久我山さんが手を掴んでくれたから。
「っぷはっ、真っ赤だぞ」
「こ、これはっ」
「彼氏に腰抱かれてそんな真っ赤になるようじゃ、確かに信じてもらえなさそうだ」
「これは、そうじゃなくっ」
「ほら、行くぞ」
もたついたらまた笑われそうで、慌てて靴を履くと、楽しげな久我山さんの声が俺を呼んだ。
「とりあえず、咄嗟の時、この程度のことで動揺しないようにしておいてくれ」
「はぁ? これはっ違くてっ、今、滑ったことに驚いたからだしっ」
はぁぁ? なんだそれ。なんて、ちょっと喧嘩腰になるくらいに今、慌てた。
「あぁ、それから」
「な、なにっ今度はっ」
「!」
ほら、ダメだってば。
「手でも繋ぐか?」
「! 繋ぐわけないでしょうが! 男同士で」
「だって恋人だろ?」
「しないっつうのっ!」
なのに、ふわってなる。
ふわってさ。あの時、蒲田さんが俺と久我山さんの交際をちっとも信じてくれなかった時と同じ。あ、これ、この偽装交際まだ延長戦に突入じゃんって思った瞬間、気持ちがさ、ふわって、なったんだ。
それと同じになった。
だって、久我山さん笑ってるんだもん。
まるですごく楽しそうに。
だから、ちょっとだけ、ほんのちょっと、ふわって、なっちゃったんだ。
なんだっけ。
そうそう、女ったらしが最後の恋で夢中になった彼氏とするデート、だ。
映画見て、なんかすごくおしゃれなレストランでランチして、ランチだっつうのに、フルーツカクテルとか一杯ずつ飲んじゃって、大人な感じ。それで今度はぶらりぶらりと高級店が並ぶ並木道をのんびり歩いてる最中。
「あ……」
「? 聡衣?」
そっか。もう完全冬シーズンだもんね。映画見て、今は街をぶらぶらしながら買い物をしている最中だった。土曜の午後なんてどこの店だって激混みの中、ふと目に入ったウインドウに飾られたチャコールグレーのコート。仕立て、上手。普通のメーカーのだけど、これなら数年は使えそう。今年テイストちゃんと入ってるけど、形がベーシックだから来年少し流行りが変化しても使えると思う。色もちょうどいいし。ただちょっと丈が長いかな。着る人は要身長って感じ。
久我山さんに似合う気がする。背が高いから。
歩く時、すごく綺麗に歩く人だからこれ着たら丈の長さが映える気がする。あー……値段は、そうだよね。そのくらいはするよね。しなかったら「え? なんで?」ってなるもんね。
「面白いか?」
「!」
心臓が、ぴょんって、跳ねた。
「アパレルの人間にしてみると」
コート見てたら、すぐ横、左の視界がフッと影って、そこにイケメンが顔を出してたから。
距離、近いよ。
心臓が止まる距離だよ。
「買う?」
「は? 買わない! 買わないってば! っていうか、俺似合わないからっ、着回し率いいなぁって思ってただけっ」
さすが。
「けっこう高いな」
「んだー! 買わないって言ってるじゃん! ほら、今度、どこだっけっ」
こんな上質なデートを用意しちゃうんだもん。
そりゃ、大先生の娘をご乱心させちゃうだけのことはあるよね。
今の仕草、距離、表情、セリフ。
もうさ、女の人だったらイチコロだったよ。
絶対に落ちてたね。
はい、これでまた一つトラブルの種発芽。
「聡衣」
「何っ?」
「それも持つ、貸して」
あ、ほら、ここ、ここ。
わかる? 久我山さん、女なら大概イチコロ、ナンデスヨ? って、睨みつけると、またニヤリと口元だけで笑ってた。
「それから、やっぱ、服、好きなんだな」
「?」
「今日の服も似合ってる」
「……」
「それに今、そこの店のコート見てる時、いい顔してた」
ふわって……なる。
「聡衣の横顔、カッコよかったよ」
だってさ、さっき、言ったんだ。朝、出る直前、確かに言った。
さすがアパレルで働いてるだけのことはあるって。
働いてただけの、じゃなくて、働いてる、って。今もその職業希望って。俺ね、服ってすごく好きなの。この仕事、すっごい好き、なんだ。なんかさ、あの瞬間、この人は、久我山さんはそのことわかってくれてそうで、すごく、すごく。
「あ、りがと……」
気持ちが、ふわりと……躍ったんだ。
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