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第21話 初めての人でも簡単、美味しいレシピ……のはず

 服を売る、この仕事が好き。  服がそもそも好きだったんだけど、作る側じゃなくて、提供する側、販売員になろうって子どもの頃から思ってた。  名は体を示す、なんていうじゃん?  聡衣、名前に「衣」がついてるから、天職じゃんって思ったくらい。  なりたい職業はずっとアパレル店員だった。  だから高校卒業してすぐ、迷うことなく紳士服の販売員になった。  みんなが思ってる以上に仕事はきついし、しんどいことも多いし、「はぁ?」ってイラつくことだってたっくさんあったけど、それでもこの仕事がすごい好きだった。  だって、どんなイケてない男の子だって、冴えないおじさんだって、スーツをちゃんと選んでちゃんと着れば、ただそれだけのことでカッコ良くなれる。スーツに、その人に合ったネクタイを選べば、断然いい感じになれたりする。  服は最強の武器になる。  それ一つで勇者にもなるし、モブにだってなってしまう。  もじもじしてて、自分の自信のなさそうな人が、スーツを着た自分の姿に「わっ」って声を上げて見入る瞬間、両手を上げてガッツポーズしたくなるんだ。  よし! ってはしゃぎたくなるの。  そんなふうに、最後、レジを終えたお客さんが背筋をピッと伸ばして帰っていくのを見送れるアパレル店員っていうこの仕事が大好きで。  服は、一番身近にある、一番最強の武器。  それをお店に来た一人一人のために選ぶ、っていう仕事がすごく大好き。  だから、あの時――。 「冷蔵庫、何もなし……」  久我山さんに。  ―― さすがアパレルで働いてるだけのことはある。  そう言ってもらえたの嬉しかったんだ。  ―― 別にいいんじゃないか?  あの時も嬉しかった。  ―― そんな焦って仕事見つけなくても。  そう言ってくれたの。  なんでもいーじゃん、早く仕事見つけた方がいいって、そうあいつにはよく言われたっけ。追い出したかったからだろうけどさ。でも、なんでもよくなんかなかったんだ。俺は来てくれたお客さんを最強の勇者にしたいんだもん。だから、譲りたくないものがあったりもしたけど、アパレルショップの店員、それにそんな意義を持ってやってるなんてさ、思われてなんてなくて。  だから、久我山さんがそう言ってくれたがすごく嬉しかったんだ。 「うーん……」  今週、忙しそうなんだよね。  いや、いつも忙しそうだけど。  それでもかなり早く帰ってこれてる方なんだって言ってたっけ。優秀だからなって笑ってた。  でも、ここ数日は買い物に行く時間がないくらいに帰りが遅いからさ、だんだん冷蔵庫の中は空っぽになっていく。そして、前の週末はデートで丸一日使っちゃったから余計に……。 「なんか、作れる、かな」  料理なんてほとんどしたことのない俺でもできて、美味しいご飯。 「なんか、ないかな」  ヘトヘトで帰ってきた久我山さんが喜びそうな、美味し……くなくてもいいや。まぁまぁレベルでいいや。けど、お腹いっぱいになれる、そんなご飯。  料理なんてほっとんどしてこなかった。一人分のご飯なんてちょっとめんどくさいじゃん。疲れて帰ってきて、アパレル店員の帰宅時間なんてすっごい遅いもん。それこそ、官僚の久我山さんと同じくらい。あ……いや、そこまでじゃないか。たまにそのくらい遅くなる。普段はもう少し早いかな。でも、閉店後こそ大仕事! って感じだから、やっぱり普通のサラリーマンよりはずっと遅くなる。  そこから料理なんてちょっとやってられないでしょ?  だから適当にコンビニとかのお弁当で済ませてた。  むしろ美味しいし。自分で作るよりも美味しくて簡単なんだもん。 「は? なんか違くない? これ、本当にこうなるわけ?」  作ったのは簡単誰でもできる照り焼きチキン。のはずなんですけど。  クレーマーみたいになっちゃうけど、写真にある照り焼きチキンと、今、俺の目の前にあるフライパンの中の全然色味が違っちゃってる照り焼きチキンを見比べた。 「写真と全然違うんだけど」  冷めても美味しいって書いてあったから。  こってりしてそうなタレがしっかり絡んでる照り焼きチキンの出来上がり写真と見比べて……うーん……なんていうの? ほら、この美味しそうな甘だれ絡んでます感がないっていうか。こんがりジューシーな感じにならないって言いますか。 「えぇ……?」  誰でも作れるって言ってたじゃん。  コクがあって美味しいですって言ってたじゃん。 「うーん……」  なんだか焼き上がりが味けない感じ。  もう少し煮詰めるってことすればよかったかな。でもレシピにある時間と同じくらい焼いたんだけど。  それから用意したのはサラダとお味噌汁。この二つは大丈夫。サラダは野菜をちぎってお皿に入れるだけだもん。  にしても、やっぱ、メインがさ、これじゃ、ビミョーな感じ。もう一回フライパンで焼き直そうかな。 「……聡衣?」 「うわぁっ!」  その時、だった。  盛り付け終わったチキンの皿を持ったのとほぼ同時、いつの間にか帰ってきてた久我山さんがスーツのネクタイを緩めながら、キッチンで悪戦苦闘してた俺を見つけて、目を。 「……ただいま」 「お、おかえりぃ」  目を丸くしてた。

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