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第22話 きつね色

 料理なんてほっとんどしたことなかったからね。  本当、超ど素人だから。  だから、味なんて期待しないで。絶対に。本当に。  なんちゃってもいいとこの「照り焼き風チキン」だから。  もっと、すっごい表面いい感じの、あれ、なんだっけ、あ、そうそう「きつね色」しててね、すっごい美味しそうだったの。  これ、ご飯に合うだろうなぁって感じでさ。  それなのに超簡単、初心者向けレシピ人気第一位ってなってたから、俺でもできるのかと思ったんだよね。いや、だって、超初心者すぎてこの「きつね色」にならないとかもわからないんだって。知らなかったの。なんか、こんなにわかな焼き色になるなんて思ってなかったんだって。  美味しい感じになるって信じて疑わなかったの。だからさ。 「無理に食べなくていいからねっ。本当に。超、味、微妙だろうから、全然、残してもらってかまわないっていうかっ、いや、本当にっ」  色々、弁明しまくってる。  だって、これ、確実に失敗作だし。  でも久我山さんは出来立てのうちに食べるって言って、ネクタイだけ外して、ワイシャツにスラックスのまま手だけ洗って、座ってくれた。  それすら申し訳なくなるくらいに、本当に絶対に、そんな美味しくないし。  なのにちゃんと両手を合わせて、お辞儀をしてくれる。 「いただきます」 「あの、残していいからね」  今まで付き合ってきた中で自炊とかあんまする場面なかったの。買った方が楽だし。アパレルって、案外体力勝負なとこあるし、一日中立ちっぱなしだから、帰ってくるともうヘトヘトで料理するほどの体力残ってないっていうかで。だから。 「ホントっ」  まずいなら、まずいって言ってもらってかまわないし。そのくらいでショック受けるほど繊細じゃないからって、なんか、久我山さんが一口ずつ照り焼きチキンを口に運ぶのを邪魔するように、一人でずっと喋ってた。  けど、食べちゃった。  食べられちゃった。  照り焼きの「きつね色」をしていない、にわか照り焼きチキンを。 「……美味いよ」 「いやいや……味薄くない? なんか。レシピ通りにやったんだけど、焼き色全然違っちゃってさ」 「なんで? 美味いって」  そんなわけないじゃん。  久我山さん、料理できるんだから、これ微妙ってわかるじゃん。  ほら……自分で食べても、なんか、思ってたのと違うってなってるもん。 「作ってくれたんだ」 「……まぁ、失敗したけど」 「そうか? 俺は好きだけど」 「そんなわけ」 「むしろ、もっと食いたいくらい」 「……」  そういうとこ、あるよね。  ナチュラルにさ、人のこと喜ばすとこ。 「美味い」 「……」 「冷蔵庫何もなかっただろ」 「ぅ、ん」 「わざわざ買い物に?」 「……まぁ」 「助かった。ありがとう」 「どう、いたしまして」 「……っぷ」  こっち見て、急に久我山さんが笑った。 「な、何っ」 「いや、なんつうか……」  何? 「帰ってきた時、すっげぇ、慌てた顔してたのが面白かった」 「!」 「真っ赤で」 「っ!」 「なんか、今日、仕事かなりきつかったんだ」  官僚の人たちがどんな仕事をしてるのか、ネットで調べたけどさ。なんか、漠然としすぎてて、全然世界が別すぎて、「へぇ……すごいなぁ……」って感じだった。  政治家とか、法案とか、なんかよくわかんないことだらけで。 「ずっと、ここ、力入って、仕方なかった」  久我山さんはそういうと、俺を見て、目を細めて、それから俺の眉と眉の間、眉間のところを指でそっと撫でた。撫でられたんだ。  触れた。 「けど、聡衣が照り焼きチキンも盛り付けた皿持ったまま振り返った時、あのすげぇ驚いた顔見たらさ。ここ、眉間のとこの力が一気に抜けた」 「……」 「……助かった」  そういうとこ、あるよね。  ホント。 「ど、どういたしまして」  ホントさ。 「ごちそうさまっ、お世辞じゃなく、本当に美味かった。今度、お礼しないとだな」 「い、いいって。っていうか、いっつもこっちがご馳走になってんじゃん。焼肉弁当とかさ。他にもたくさん」 「あれはただのついでだから」 「じゃ、じゃあ、これもついでだし。食べたかったからだし」  あぁ、けど、美味かったよ。そう言って優しく笑うとかも。  なんなの。 「あ、お皿洗っとくよ。疲れたでしょ? 大変だったなら、お風呂入っちゃえば?」 「平気だ。元気出た」 「……」  絶対に、そんなに美味しくなかったと思う。  でも、全部食べてくれた。照り焼きのソースもまるでごちそうをもったいないと全部平らげるみたいに、お皿をすっごくキレイにしちゃうくらいに、完食してくれた。 「っぷ」 「! 何! また笑って」 「いや、だって、ほんと、すげぇ驚いた顔してたから」 「んなー! もうしつこいっつうのっ」 「いや、だって、すげぇ叫んでるし」 「あのねっ」 「あはは」 「あのねぇ!」  確かに、少し、疲れてそうだった。 「ただいま」の声は小さくて、掠れてた。 「あははは」 「もう、マジで笑いすぎっ」  でも、今、すごく笑って。すごく楽しそうで。すごく。 「聡衣」 「はいっ?」 「ごちそうさま」  すごく。 「お、おそまつ……さまでした」  すごく嬉しかった。

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