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第24話 赤い糸?

 もう完全真冬なのに、なんか今日は嘘みたいにあったかくて。天気予報でも春のような陽気になるでしょうなんて言ってたくらいで。  嘘でしょー。  そんなわけないでしょー。  なんて思ってたけど、本当にポカポカしてて気持ちがいいから、お夕飯の材料を買って帰る途中、少し探検してみようかなって。  メインは決まったけど、お味噌汁何にしようかなぁって。納豆のまた食べたいなぁなんて考えながら。  この辺にも何か穴場的ないい感じのお店がないかなぁなんて。  ほら、久我山さんが教えてくれたスープの美味しいパン屋さんみたいに。  そう思ってのんびり歩いてたら、スーパーマーケットの帰り道に小さな洋服屋を発見した。こんなところに? ってくらい、大きくもない道に、ぽつんって、マッサージとかスパ系のリラクゼーションスポットがあって、へぇ、なんて通りすぎて、その隣にはカフェがあって。小さいけど花壇があるんだ。ふーんって思いつつ、チラリとそのカフェの様子を横目で眺めて。  そしたら、その隣に洋服屋があった。  こんなところに服、買いに来る人いるのかな。大体駅前とかで買っちゃうでしょ?  でも、ウインドウを覗いたら、かわいいニットを見つけた。  これ、赤がすごく綺麗。襟口のところにチャックが斜めに入ってるから、このまま下ろして襟口を大きめにするのもラフな感じでいいと思う。でも、上げっちゃって、ハイネックみたいにしてもいいかも。温度調節もかねてニット一枚でアレンジ可能。しかもこういうデザインとカラーでは珍しいメンズだ。  へぇ。  可愛い。  赤、かぁ。着る人、選ぶかな。でもそうでもない感じ。シックな赤だから。  これ、久我山さんに似合いそう。  真っ赤だってあの人なら全然大丈夫。背、高いからきっと綺麗に着こなせるでしょ?  下のパンツはもっと濃いブラウンとか、グレーでもいいし。もちろん黒でも合わせやすい。  久我山さんなら。  ―― 口にチョコレートくっつけてるとか。  フツー。 「……」  触る?  フツーは触る?  久我山さんのことを思い出したら、昨日のことも思い出した。ライフゲームの時、チョコがついたからって頬を。それから、この前、食事の時にも。眉間。  頬と眉間。  男だよ?  触らなくない?  肩とかならまだわかるよ?  ここだよ? ここ。  顔、触るかな。  こんなとこだよ?  頬をグーっと自分の指で押してみる。  それから、しっかり確認するようにふと自分の眉間を指でぎゅっと押してみた。  ほら、ここ。  ねぇ、むしろ、男同士だから気にしないもの? 触る?  っていうか、あの人、俺がゲイってこと忘れてるんじゃない? すっごい頭良いはずの、すっごいエリートのはずだけど、忘れちゃってるんじゃない?  恋愛対象男なんだってば。  好きになるのは同性なの。  まぁ、ノンケは対象外になってるけど、だからないよ? ないない。けどさ、もう少し危機感とか持たない? 男は男でしょ?  恋愛対象なんですけど?  そこわかってる?  ねぇ、久我山さん。 「あの、大丈夫?」 「! は、はいっ!」 「あ、いや、頭が痛いのかと思って。もしくはうちの服に何か問題でもあったかなと」 「……え?」 「ここ」  そう言って、その人はやんわり微笑みながら、自分の眉間をキュッと指で押した。 「…………ぁ、いや! 違くてっ、えっと、これはそうじゃないですっ! 服は、とても素敵だと思うしっ」  ここのお店の人? かな。男の人にすごい心配そうにこっちを覗き込まれちゃったし。  そりゃ、そうでしょ。  店の窓ガラスのところで眉間をぎゅっーっと押してる謎の男がいたら、怪訝な顔にもなるでしょ。 「大丈夫?」 「ご、ごめんなさいっ、服! 全然素敵だと思います!」 「そう? ありがとう」  優しそうな人。年上だ。けっこう上かな。四十はいってなさそうだけど。長めの髪は少しクセっ毛みたいで頬のあたりで緩やかにウエーブがかかってる。  背、久我山さんくらいあるかも。  何? みんな、何食べるとそんなに身長高くなれるわけ?  同じ男なのに、まさかまた見下ろされるとは。 「スペインで買い付けたんだけど……ちょっと色が派手すぎたかなぁって」 「そうかな。そんなことないと思うけど。赤がすごく綺麗で。メンズでこういう色は確かに珍しいけど、絶妙な色っていうか、ウイメンズの赤色とはちょっと違ってて」 「へぇ、嬉しいな。これ、少しだけ毛糸に黒が混ざってるんだ。近づくとわかるんだけど」 「……あ、ホントだ。ちょっとだけ混ざってる、だからなんだぁ、へぇ……なるほど」  スペインだって。さすがスペイン。日本じゃこういうのあんまり男の人は選ばないもんね。  海外製かぁ。じゃあ、ここセレクトショップなのかな。この人が直に買い付けとかしてるのかな。 「靴も買い付けてるんですか?」 「一応ね。でも専門外だから」 「俺もそこは詳しくないけど、赤に合ってて、俺はすごい好きー」  綺麗な革靴だった。オレンジっぽい風合いがニットの赤を引き立てて。 「……服、詳しいね」 「あー、あは、アパレル系の販売してたんです」 「へぇ」 「けど、お店閉店しちゃって。今は」 「そうなんだ」 「って、なんでわかりました?」 「いや、すごく興味津々で服見てくれてるし。それにメンズ、ウイメンズって」 「……ぁ」 「そういう言い方する人、大体同業者だから」  その人は優しく笑って、ほら、首を傾げるとクセのある髪がふわりと揺れる。 「今、仕事、してないんだっけ」 「そうなんです。けっこう、ないんですよね。販売の仕事って。俺、けっこう販売スキル高いんだけどなぁ、なんちゃって。あは」 「……じゃあ」 「?」  大人の男って感じ。あんまこういう人、周りにいないタイプだなぁ、なんて。 「じゃあ、うちで働いてみない?」  そんなことを思いながら、ウインドウの中を眺めてた。 「…………え?」  だから、一瞬、何を言われたのかわからなかった。

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