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第25話 第五位

 今日の獅子座って運勢、どうだったんだろ。 「じゃあ、うちで働いてみない?」  見てないし、星座占いなんて信じてないから気にしたりしたことなかったんだけど。  でも、見てたら、今日の獅子座、すごい運勢なんじゃない? 「…………え?」  こんなこと、ある?  だって偶然、ここを通っただけ。今日天気が良かったから散歩がてら帰りに遠回りをしようと思っただけ。  だから、ほら、手にはエコバックぶら下げてるし。そのエコバックには今日夕飯で使おうと思ってる、長ネギがはみ出てるし。 「あぁ、ごめん。買い物の最中だったかな」 「あ……」 「ここの店のオーナーをしている国見義信(くにみよしのぶ)って言います」 「……」 「ちょっと待ってて」  そう言って彼は、国見さんは、手で、待つようにジャスチャーをした後、大急ぎで店の中へと戻っていく。ウインドウ越しにその様子を眺めて。  あ、つまづいた。  何かに。  そして、慌てて、振り返って、ウインドウの向こうに俺を見つけて、にっこり笑うと、「待ってて」って手をばたつかせてる。  それからまた戻ってきた。 「っ、はい、これ」 「……」  名刺だ。  お店の名前と今教えてもらった彼の名前が書かれている。 「ホームページもあるから見てみて。もしも興味を持ってもらえそうなら、ぜひ、うちで働いてみてほしい」 「え、あのっ」  これって面接ってこと? 「まだ、あの、俺っ」 「あ、いや、そうだよね。給料のこととかあるか。そうだね……えっと、そうだな、そしたら、どうしようかな」  なんか、可愛い人、だなぁって。  年上なのに、なんか可愛くて素敵な人だなぁって。それに……。 「詳細、決めないと、だから、そうだ、一度、ホームページ見てもらって、それで気に入りそうなら連絡くれないかな。それまでに雇用条件? とかそういうの考えておくから、それで一度面接してもらえたらいいと思うし」 「あ、あの」 「ごめんね。不慣れで。それに買い物の最中だったところ足止めしてしまった」 「あのっ、どうして、俺を雇おうって……その」  面接してたわけじゃない。どうしてうちで働きたい? と志望理由を訊かれたわけじゃない。俺の販売スキルを披露したわけでも、自己アピールをしたわけでもない。なのに、なんで――。 「だって、君が」  俺? 「とても楽しそうに服の話をしてたから」 「……」 「一緒に働いてみたいって思ったんだよ」  こんなことってあるの、かな。  まるでドラマみたいな展開じゃん。  偶然、通りかかっただけなのに。  偶然、ここで素敵な服を見つけて足を止めただけなのに、  久我山さんのことを思い出して、変な顔してただけなのに。  でも、それがなかったらこの展開にはなってなくて。  なんて考えながらにっこりと微笑む彼をじっと眺めるばかりだった。  戻ってから、もらった名刺のところにアクセスしてみた。 「へぇ……海外飛び回ってるんだ。すごい……かっこいー……」  大手セレクトショップでバイヤーの仕事を何年もしてたんだって。そこから独立して小さな、あのお店を開いたって書いてある。確かにお店は小さかったけど、でもセンスのいいものばっかり置いてあった。今、突然の出費はちょっと無理な身分だから、買えそうもなくて中に入るのは躊躇われたけど。  でも洗練された品を自分の目で見て買い付けて、日本に持ってきてるんだろうな。  あの人も、国見さん自身もセンスよかったし。ラフだけどラフすぎないニットはカジュアルオフィス着にも使えそうな感じだった。着心地良さそうなのに、ちゃんとして見えるし、ああいうの、素敵だなぁって。 「すご……」  モノクロの写真があって、そこにはメモを片手に話している国見さんが写っていた。  少し現実の彼よりも厳しい表情をしてる。髪、まとめて後に束ねちゃってるからかな。実物だともっと柔らかい感じがしたけど。これはなんかかっこいい感じ。 「ふーん……」  面接、かぁ。  受けさせてくれるかなぁ。  英語とか話せないんだけど。なんか俺、役に立ちそうになくない? でも、いいのかなぁ。 「連絡」  して、みようかな……。 「…………」  柔らかくて、あったかくて。 「気持ち、ぃ……い?」  なんだろ。これ。  ずっとこのままここでこうしてたい感じ。 『えーそれでは次のコーナーです』  テレビの、音?  あれ? 俺ってばテレビつけっぱなしにしちゃってた?   そこで、はっとして目を覚ました。毛布? これ? 誰の? え? 「起きたか?」`  起き……た。  久我山さんだ。ワイシャツに……スラックス。仕事の帰り、かな。 「! ごめっ、俺、寝ちゃって。あれっ? 夕飯っ」 「いや、寝てろよ。慣れない生活の疲れが出たんだろ。まだ夕飯の時間じゃない。今日、急遽、祝賀会に出席することになってネクタイを替えに戻ってきたんだ」 「祝賀会」  それでリビングで居眠りしてる俺を見つけて。 「っ、ごめん! 人んちのリビングでっ」 「まだ寝ぼけてるのか? ここ、今はお前んちでもあるだろ」 「……」  久我山さんは笑って、タブレットをテーブルに置くと、俺の頭をそっと撫でた。 「ゆっくりリビングでくつろいでいいに決まってる」 「……」 「それじゃあ、俺はまた戻るから」 「……あ! ゆ、夕飯はっ?」 「……食うに決まってるだろ。楽しみにしてるんだから」  楽しみに?  してる、の?  俺の作る、久我山さんのよりずっとずっと下手で初心者の料理を?  いつもより少し華やかなネクタイ。それからコートを腕に引っ掛けて、久我山さんはいつもの時計に目を落とす。 「行ってきます」 「あ、行って、らっしゃい!」  しばらくして、玄関のドアがそっと閉じる音が聞こえた。  寝ちゃってた。  毛布、かけてくれたんだ。  それに、頭……。 「……」  撫でた。 「……わ、嘘、なんで昼寝で寝癖?」  そっと、久我山さんが撫でたところを触ると、ピョンと髪が手に触れた。多分、跳ねちゃってる。 『それでは本日の星座占い、第五位! 獅子座の貴方ー!』  テレビ画面の中ではいつの間にか星座占いを女性タレントが教えてくれていた。  今日午後からの獅子座の人、「ちょっと疲れが出ちゃいそうな午後です。ゆっくり休むのも大事! 大事なものはすぐそばに!」そう教えてくれた。  大事なものなんて、基本すぐそばに置いてあるものでしょ、なんて屁理屈を寝ぼけた頭で思いながら、そっと、久我山さんが撫でた、ぴょんって跳ねてる寝相の悪い自分の髪を、あの手を真似るように撫でてみた。

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