26 / 143
第26話 いい感じ
やってみようかなぁって。
セレクトショップって、ブランド系のアパレルとはちょっと違ってて、専門知識が求められたりすることもあるから、同じアパレル系ではあるけど、畑が違うっていうか、色々違ってはいるんだけど。
でもあのお店にあったもの、可愛かったし。
オーナーの国見さん、雰囲気のいい人だったし。
だから――。
「あの……昨日、お話いただけた枝島です。お電話で一時から面接を」
「あぁ、いらっしゃい」
ひょこっとお店の中へと入ると、国見さんが店内の服を畳んでいたところだった。顔を上げてにこやかに笑ってくれる。
「早速電話をいただけて嬉しかった」
「いえっ、こちらこそっ、あの」
「座って?」
「あ、はい。失礼します」
お店の奥にアンティークっぽい一人がけのソファが置いてあった。それからお茶くらいなら飲めそうな小さな、でもソファと雰囲気が同じアンティークのテーブル。そこに座ると、秘密の小さな部屋にでもいるような気持ちがしてくる。コーヒーよりも紅茶を飲んでみたくなるようなそんなソファ。
そこにちょこんと座った。
国見さんはそこで小さく笑って、そんなにかしこまらなくてもいいよって言ってくれる。
「面接なんて堅苦しく考えなくていいよ」
「あ、いえ」
「スーツまで着てきてくれたんだ。ありがとう」
「いえいえ」
「じゃあ、とりあえず履歴書、いただけるかな」
急いで昨日書いた履歴書を彼へと見せると、さっと目を通して、またにこやかにこっちを見つめた。
そして、じゃあ代わりにと俺が差し出した履歴書を受け取る代わりに、職務内容や待遇、後、大事なお金のことが書かれた書類を見せてくれた。
大手のセレクトショップにいた時は買い付けに忙しくて、人を採用するような人事には全く関わったことがない。だから、今回どうしたものかと困ったくらい。もしも不備があればむしろ教えてくださいと柔らかい物腰で言ってくれる。
お金、お給料は普通、かな。でも、これだけもらえたら、全然。
土日の仕事は必須って感じ。けどそれは今までも変わらないし。
「土日は出てもらえると助かる。でも、都合もあるだろうから、もしも何か休む時は言ってもらえるかな。事前に。そしたら大丈夫。あとは……何かある?」
「いえ」
「そう? じゃあ、採用で」
「え? あの」
いいの? その、履歴書ちゃんと読んだ? そんなに即決できるほどの人材ではないと、思うんだけど。販売系にずっといたけれどセレクトショップとかとは違うから、知識がどこかに特化した、みたいなのないし。
「むしろ、君と一緒に仕事ができたらいいなぁって思ってる。ファッションの話も合いそうだし」
平気?
「どうかな、聡衣君」
「あ」
下の名前で呼ばれた。
「あ、えっと……ぜひ、こちらこそ宜しくお願いします」
「こちらこそ」
なんか決まる時は簡単に決まっちゃたりするものなのかな。ちょっと拍子抜けっていうか。セレクトショップは未経験だけど、でも、国見さんいい人そうだし。
「そうだ」
「は、はいっ!」
「英語はできるかな?」
「英語? できるに決まってんだろ」
いいなぁ、そんなふうに言ってみたい。
フツーにできるって断言できちゃうのが、もうさ、違うよね。
「何? 急に」
久我山さんの今日の帰宅時間は二十一時。今日の晩御飯は大根と豚バラ肉があれば美味しくできちゃうレシピのもとを使った和風晩御飯。
それを一緒に並んで食べながら、やっぱり官僚の方は英語って話せるのかなぁって。
「あ、うん。英語が必要っぽくて、って、あの! 仕事が決まったの!」
本当は帰ってきたところで言おうと思ってたんだけど、久我山さんが何か仕事の電話をしながら帰ってきたから、言い出すタイミングが掴めなくて、夕飯の最中になっちゃった。
「へぇ、アパレルの?」
「そう! スーパーあるじゃん? あの裏手に雰囲気のいいセレクトショップが」
「あの辺りに?」
多分、久我山さんも行ったことないんじゃないかな。あの辺、わざわざ遠周りで通る理由ないし。
「って、あれ! ここの近くで探してたとかじゃなくて、偶然、近くにいいお店があって、そこのオーナーが働いてみないかって」
まるで、これじゃ、この部屋を起点に仕事を探したみたいになるかもと慌てて否定した。ここ、仮住まいだってわかってますって、急いで伝えた。あの変装ド下手な鎌田さんが俺たちのことを「交際確定」ってしてくれて、晴れて久我山さんが大先生にとっての天敵対象から外れてしまえば俺の役目は終わりなわけで。
そしたら、ここは出て行くことになる。
それは十分わかってます。OKです。了解してます、って。
でも、せっかくいい感じのセレクトショップだし、今のままだとアパレル関係で仕事探すの難しいかもしれないし。それならここで一端、同じアパレルでもジャンルの違うところで知識吸収を兼ねてやってみるのも悪くないでしょ? ただ、そう思って。
「仕事見つかれば、ここの家賃、少しは払えるし。あの任務が完了しちゃえば、ちゃんと出ていくし」
「……」
「まぁ、近くに俺が働いてはいるけど……」
「別にかまわない」
「え?」
かまわないって、何、を?
「あの……」
「ごちそうさま。美味かった」
「あ、うん」
久我山さんはキッチンの方へと皿を出して、そこで自分も立ち上がり、シンク側に回り込むと食べ終わった皿を洗ってくれている。
俺はそんな様子を眺めながら、かまわないのは何のことかって考えて。
「英語」
「え?」
「教えるのかまわないよ」
「ぁ……あ、うん! ありがと」
そっちか。
そっちでしょ。フツー。
何を今、一瞬、気持ちのところがフワッとなって、それで、フッと、ちょっと、ほんのちょっとだけ落ちてんの。そっちに、決まってるでしょ。
バカ。
そう自分に呟きながら顔を上げると、久我山さんが真っ直ぐこっちを見つめていて。
「……あ、すごく、助かります」
思わず、目を逸らしてしまった。
ともだちにシェアしよう!