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第44話 脳内会議開催してよ

 この人を好きになっても叶うことはないので、両想いにはぜーったいになれないので、はい、やめましょー。  りょーかいしました。では、他に……。  おります。  なんと!  こちらの方! おススメです! ちょっとだけ、先方から好意も感じられますし。  なるほど。それでは今後はこちらの方を好きになる方向で。 「…………なぁんて……」  なったらいいよね。脳内会議でさ、なんか小さな人たちがわらわら集まって、今後の俺の恋愛に関してミーティングしてくれるの。そして、その決定した内容で自分の気持ちも持っていけて。  ついさっき一人、リビングで見てたオンデマンド配信のデジタルアニメみたいになったらいいのなぁって。 「……はぁ」  そんなアホなことを考えながら、お風呂の湯船に浸かりながら天井を見上げた。  今日は月曜日、昨日は日曜日。  すっごい忙しくて、もうへっとへとで。  国見さんもしんどそうにしてた。月曜日である今日は嘘みたいに穏やかな感じで、昨日、もう限界だー! これ以上は無理だー! ってできなかった雑務もこなせたりした。  だから、昨日は帰ってきたら、すぐに寝ちゃった。旭輝がお茶漬け作ってくれて、それ食べて、ヘロヘロになりながらお風呂だけ入って。立ち仕事で慣れてるはずの足ももうパンパンにむくれてた。  そして今日は、旭輝の帰りが遅くて。  だから、ここしばらく旭輝とあんまり顔を合わせてない。  まぁ、それはそれで助かるんだけど。  そして、オンデマンドでのんびりアニメとか見てた。  脳内会議、できたらいいのに。  そこで決めた通りに動けたらいいのに。  はい! 久我山旭輝はノンケなのであきらめましょう!  了解!  国見さんにしときましょう! あの人、大人で余裕のある感じで、顔だってかっこいい! お店も持てちゃうすごい人! 同じようにファッション関係の仕事してて、話も会う! 絶対におすすめですから!  ラジャー!  そうなれたらいいのに。そうなれないから。 「……難しいなぁ」  旭輝、何時くらいになるのかな。  遅いのかな。  晩御飯、一応、作ったけど、食べてくる? とか? でも、もうそろそろ帰ってきそうだからスープとか少しあっためておこうかな。連絡したほうがいいかなぁ。  なんて色々考えながら湯に浸かってたらのぼせそうだから、お風呂を出た。  洗面所のところにある時計を見ると、そろそろ十時半だった。  大変な仕事だよね。  こんな時間まで仕事なんてさ。  乾燥が気になるこの時期はしっかりボディクリーム塗りたいから、上だけ着て、髪をタオルで拭って。 「……」  ふと、鏡を見つめる。  髪、伸びたなぁって。  でも、どんなに髪伸ばしたって、どこからどう見ても、男、だもんねって。  当たり前だけどさ。  普段ちっとも気にならないのに、たまに、気分転換でもしたいのかな、急に髪が切りたくなる。突然、今すぐ、すぐにでも切っちゃいたくなる時がある。なのに今回はそういうのがちっともなくて、今の少し長めの感じが気に入ってて。 「……ぁ」  ―― なんか……うちにいるみたいだな。カウンター……。  そう言って、触れてもらった……から。  前髪、旭輝が指先でつまむように触れて、微笑んでくれて、あの時――。  ――ガタタ。 「!」 「! わりっ」  バスルームの鏡の前、俺は乾燥が気になるこの時期、丁寧にボディクリームを塗りたくて、上だけ着た状態で、鏡へ向かって身を乗り出すようにしながら、濡れ髪の自分をじっと見つめてて。  そしたら、それを物音がしたと同時、帰ってきたばかりな旭輝が……見て。 「……ごめん。静かだからもう寝てるのかと思った」 「う、ううんっ、お、おかえり」  びっくりした。  思わず、その場にしゃがみ込んじゃった。足を抱えるようにしながら、ぎゅって床に。 「……ただいま」 「あ、うん。って、あ! お風呂、入るよねっ、今っ」 「……いや、大丈夫。ゆっくり着替えろよ」  びっくりしちゃったじゃん。すごくすごく。 「……う、ん」  けど、向こうは、慌てたりしないか。 「聡衣」 「は、はいっ」  旭輝の声、扉の向こう側、すぐそこから聞こえる。まだ、そこにいる? 「髪、ちゃんと乾かせよ」 「……ぁ……うん」 「今日、すげぇ寒いから、風邪引くぞ」 「ぅ……ん」  男の裸なんて面白くもないし、興味もないよね。おんなじ、男の身体じゃんって感じ。  前にもそんなこと、思ったっけ。  ここに来た最初の時。  もう散々でさ、根無し草みたいになっちゃった俺は今までより少し広いお風呂に浸かりながら変なことになっちゃったなぁなんて思ったりして。あの時も、ノンケの彼には俺の裸なんて興味ないよねぇなんて思ったりして。俺も、全然フツーで。  なのに、今じゃ、意識しまくり。  今ならさ、ドキドキしちゃってバスルームから出れないかもね。彼の服、借りるなんて、さ。 「……バカ、落ち着け、俺」  きっと顔が真っ赤になりすぎて、すぐにバレちゃうから出られない。好きな人の服、だなんて、今、裸を見られたのだって、笑っちゃうくらいに意識してて。だから、深く深く、溜め息をこぼして、騒がしくなる心臓に「お静かに」って言い聞かせた。 「しっかりあったまったか?」 「あ……うん」  コーヒー……淹れてくれたんだ。 「お仕事、お疲れ様」 「あぁ。夕飯、作っておいてくれたんだな」 「あ、うん、食べる? あっためよっか?」 「風呂入ってからいただくよ」 「あ、じゃあ」 「それ飲んだら寝とけ。あっためるのは自分でやるから。もう遅いだろ? サンキューな」  旭輝は、髪ちゃんと乾かしたなって、笑いながら、触れた。ぽん、って頭に一秒もない短い瞬間、触って、そのままお風呂場に行っちゃった。  あの時もそうだった。あの時もお風呂から上がるとコーヒーがあって、美味しくて、ほぅって溜め息が溢れた。  あの時は砂糖使うなら、こっちにあるって教えてもらった。今は何も言わず、砂糖なしミルク多め、の俺が好きなコーヒーが置いてある。当たり前みたいに。 「細長いって言われたんだっけ」  あの頃は知らない洗剤の香り、知らないボディソープの香りって思ったのに。 「色気のない言い方だなぁ……何、細長いって」  恋愛対象外って感じがすっごいよね。意識してる人にそんな言い方しないもんね。男だもん。当たり前だけど。 「……ね、だからさ、コーヒー飲んだら、寝れないってば」  もう馴染んでるボディソープの香り、もう覚えてもらってるコーヒーの味、でも、あの時よりもずっとずーっと意識してる。そして、ほんのり熱くなった頬は、きっとお風呂であったまりすぎたせいで、猫舌なのに慌てて急いで飲んだコーヒーのせい。そうだそうだと目を閉じた。

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