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第48話 声
「あっ……うそ……しまった。閉まってる、じゃん……」
しまった、閉まってるって、駄洒落じゃん。もう。
旭輝の職場であるビルに辿り着いたけど、考えたらこんな時間やってるわけないじゃん。エントランス? この前入ったところからなんて入れるわけないよ。
こんな夜中に受付けてもらえるわけなかった。
もう人の気配なんて皆無で、近づいただけで警報とか鳴っちゃいそうな雰囲気がものすごくて。
「って、スマホ! ……わ、すっごい連絡きてる」
慌てて、コートのポケットの中からスマホを取り出すと着信ありますよーってメッセージが何件も連なっていた。
「え……えぇ?」
だって、電話出ろってメッセージもらってもさ、仕事中にそんなにスマホちょくちょく眺めてるとか思わないじゃん。アパレルなんだもん。仕事中にプライベートのスマホなんて持ち歩かないから、感覚的に仕事中にスマホを確認する人なんていない気がするんだもん。だから、ここで旭輝が留守電に気がつくのをいつまででも待つ気でいた。
いたのに。もう気がついてたなんて。
「あれ? 久我山の彼氏くんじゃん」
「!」
その声に顔を上げると、あの悪い同僚がいた。なんか、名前、覚えられなくて。旭輝のことをあんまり良く思ってないみたいだからそんなあだ名にしちゃった。
そいつが、高そうなウールコートのポケットに手を突っ込みながら、ビルの中から出てきた。俺を見つけて、ニヤリと笑ってる。
「なんだ。あいつ、大慌てで退社したから君のところだと思ったのに」
「えっ? 退社?」
「したよ? 十分前くらい、かな」
国見さんと食事をした場所からここまで電車で十分くらい。あの電話の後すぐに飛び出した、の?
「血相変えてすっごい急いでる様子だったから何かあったのかと思ったのに」
そんなに、急いでたの?
大慌てで? この悪い同僚がニヤニヤ笑っちゃうくらい?
「何? なんか、」
「ありがと! あの、すっごい助かった! どうしようって今、すっごい困ってたから! 一人でも楽しいクリスマスにしてね!」
「は、はぁ? 俺はクリスマスとかっ」
「バイバイ!」
俺も大慌てでそこを飛び出すように駆け出した。
「えっと、電話っ」
文字打つの面倒だし、歩きスマホ、ダメでしょ? 電車乗っちゃったら通話もできないし。
どこにいるんだろ。職場を慌てて飛び出したって言ってた。映画館に向かった? なんて事するわけないか。っていうか、なんで大慌てで飛び出してんの? 俺、人にさらわれたー助けてーなんて言ってないよ。ただお店のオーナーの国見さんと映画見たり、そういうデートしてて、それで旭輝に話があるんだって、言っただけ。
なのに、なんで大慌てで。
血相変えて、帰るの?
仕事は?
忙しいんじゃないの?
ねぇ……って、心臓が飛び出してきちゃいそう。期待で胸のところがドッドッドッて太鼓でも内側で鳴らしてるみたいに鼓動がすごい。
すごい。
跳ねちゃってる。
期待で跳ねてる。
「あ、もし、」
『おい! 聡衣?』
もしもしって言おうとしてたの。
なのに、なんでそんな食い気味なの? なんでそんな慌ててるの? なんで?
『今どこにいる?』
「え? 旭輝、は?」
走りながらだから、息が切れる。
鼻息が向こうに聞こえちゃいそう。はっず。
『今は映画館のところに』
「はぁ? なんでそんなとこにいんの?」
えぇ? 何してんの? そんなとこにずっといるわけないじゃん。映画見て、って言っただけじゃん。
『仕方がないだろ! お前が映画館って言ってたから』
「そこから移動してるに決まってるじゃんっ」
すっごい頭いいくせに。
『そんなのお前言ってなかったろ! 今どこにいる!』
旭輝の声、慌ててる。
「今? 旭輝の職場のあるとこ」
『はぁ? 何、』
「から、帰るとこっ!」
何してんのって言いたいのはこっちです。それに、俺、鼻息すごくない? 電話越しすごいことになってない?
『なんでそこにいるんだよ!』
「仕方ないじゃん! 仕事してると思ったんだ、もんっ」
絶対に鼻息荒いよね。旭輝の耳元でゼーハーゼーハー、はぁ、はぁってしちゃってるよね?
「今! 駅! うちに帰るね!」
駅に着いたので一旦切るね。うちに帰れば会えるよね? そんな長いの言えそうもない。アパレル販売員なので歩き慣れてます。でも、走るのは慣れてません。
何年ぶりだろ。こんなに走ったのって。
「また電話するっ!」
でも電話、電車の中はダメだもんねって、そこで切って、ピピって改札通って、電車。
「……あと、二分」
二分後の電車に飛び乗って、いつも彼が使ってる電車に揺られて――。
「……はぁ」
プシュッとしまった扉に肩で寄りかかった。今、映画館のところにいるって言ってたっけ?
「……どこの映画館」
たくさんあるじゃん。どの映画館に行ってるとか俺言ってないよ? なのに、なんで飛び出すの? なんで必死なの? なんで……。
「……もぉ」
慌ててんの?
そのせいで、電車の中で息、ちっとも整わないし。なんか電車の中、暑くてたまらなくて、茹でだこみたいに真っ赤になっちゃったじゃん。
早く、早く。
駅に滑り込んだ電車の扉が開いたら誰よりも早く飛び出した。一目散に階段を駆け登って。周りの人はびっくりしてるよね? こんなに大急ぎでどこ行くのって感じだよね?
「……」
改札出て、そこで電話をかけた。でも、五回鳴らしても旭輝は電話にでなくて。
六回目を鳴らしても、出なくて。
「電車?」
きっと今ここに向かってる。どこの映画館は知らないから。どこまで行っちゃったのかわからないから、今どこ? ってメッセージを送った。
返事はすぐ来た。
今、ここから二つ目の駅を発車したって。そしたら、あと五分? 六分くらい? もっとかかるかな。ここで待ってていいよね。降りる駅はここだもんね。
そして、改札を出て行く人たちが急に増えた。なんか電車が来たっぽい。これに乗ってる? これじゃない、かな。次、かな。
「……」
しばらくするとその人の群れがだんだんまばらになっていく。またちょっと経つと、また増えてきて。
「!」
『もしもし?』
わ。声、低い。さっきまでとは違って、聞き取りにくい、あの、いつもの低い声。
「……うん」
『今、どこにいる?』
「今……改札のとこ」
『わかった。そこで……』
耳が……くすぐったい。低くて少し聞き取りずらくて、英語での受け答えの時困ったっけ。ちゃんと聞き取れなくて。この声は――。
「……待ってろ」
ドキドキする。
そんな声が電話越しに低く聞こえて、目の前からも優しく聞こえてきて。
「……」
上手に返事ができないくらい、すごくドキドキした。
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