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第47話 もう、お終い
頭の中ではわかってるよ?
脳内会議の結論のとおりにするが一番ってわかってる。わかってるのにさ。
「あのっ!」
でも、思っちゃうのはあいつのことばっかり。
ネクタイ見てたって映画観てたってご飯食べてたって、あいつのことばっか。
「俺っ!」
好きになってみようよって思うけど。
もう。
「俺っ」
好きなの、お終いにならない。
「…………ごめん」
すみませんって謝ろうと思った。今日一日、楽しかったけどって。
「……へ?」
でも謝ったのは、国見さんだった。
国見さんが大きな溜め息と一緒に、まるで体調悪くて熱ある時みたいにおでこを手で抑えた。
「国見……さん?」
「本当に申し訳ない」
「……あの」
「君があまりに良い子だから罪悪感がすごくなってきた」
「……」
何? なんの話?
きっとそんな顔を俺がしてたんだと思う。国見さんはチラリとこっちを見て、また溜め息を一つ吐くと、姿勢を正した。
「あの」
「蒲田佳祐」
「……え?」
「彼は僕の甥っ子なんだ」
「…………は、はぁぁ?」
「ちゃんと説明する」
おっきな声、出ちゃった。だってすごいところからすごい名前が飛び出したから。そしてその大きな声に声のトーンを抑えて抑えてって、国見さんが苦笑いをこぼした。
「僕の姉の子でね。姉は外交官をしてる。僕はそういう政治的な仕事には全く興味がなくて、親の仕事の関係で幼少期から海外で暮らすことが長かったから。それだけは今のやりたい仕事の役に立っていて、感謝してるけど」
あぁ、なるほど、それでたくさん外国語を――。
「って、僕の話はいいんだ。それで甥っ子が」
蒲田さんが甥っ子。
「まず最初に言っておくと君を採用したのは偶然だ。でも、あの子は君らのことを何か調査してるんだろう? すぐに僕のところへ来て、君と、ルームシェアしている久我山君の話を聞いた」
「!」
横恋慕をして欲しいと。
それでも別れることがなかったのなら、本物だと認めて、調査は終了させます、と。
「あの子は少し猪突猛進なところがあるから、あの子の暴走を止める意味で手を貸した。実際、人手が足りなくて困ってもいたし、君はとても努力家で仕事もすごくちゃんとやってくれるから、ありがたかったんだ。だから余計に言い出せなくなってしまった。言えば、辞めてしまうかもしれないと。申し訳ない」
そういえば、この間、官僚の仕事とか詳しかったっけ。俺がそういうのものすごく疎いから、すごいなぁなんでも知っていて、なんて思っただけだったけど。
「君と彼は恋人同士、ではない、んだろう? 事情は知らないけれど、そういうフリを甥っ子の前でしている」
「……」
「でも君は彼のことが好き」
「っ」
「君は気が付いてないかもしれないけど、僕は今日ずっとお客さんの気分だったよ」
「……ぇ?」
「あははって、笑ってた」
あははって……まるで、接客の時のように上手に綺麗に笑っていたと。
そう、だったかな。
そう、だったかもしれない。
「でも、彼の話をする時は違ってた。とても楽しそうだった。それに」
旭輝のこと話す時は――。
「夢中になって話してた」
だって、溢れてくるんだもの。
考えないようにしましょう。国見さんのことを見ていましょう。お話ししましょう。ほら、すごくかっこいいでしょう? エスコートも上手だし。今まで付き合った誰よりもきっと幸せになれると思うって。
「すごく好きなんだなって思ったよ」
何度頭の中の小人がそう言ってきても、気持ちが……。
「彼にちゃんと伝えたほうがいい」
好きだって、溢れてくる。
「甥っ子のことは本当に申し訳ない。仲良くなるととても良い子なんだが少し不器用だから勘弁してあげて欲しい」
…………少しどころじゃないけど。かなり不器用だけど。でも、あの時のすっごおおおおおく下手な変装と尾行を思い出したら笑えてきたから、もういっかなって思った。
「今度、あの子にもちゃんと謝らせるから」
「いーですよ。全然」
思い出すのは変な変装と仏頂面とすっごい睨まれたことばかりだけど。面白ろキャラだなと思うし。
「さ、僕と甥っ子の悪巧みに付き合わせて悪かったね。早く行くといいよ。彼も君のこと想ってるんじゃないかな」
…………いや、それはどうだろ。だってあの人、すっごい女ったらしって、その辺のこと蒲田さんに聞いてないですか? だって、あんなに付き合ってますって、スパイさんから報告書が行ったっつうのにそれでも信じてもらえないレベルとか。
「女ったらしのようだけど」
「わ、笑わないでください」
「あぁ、ごめんごめん。、いや、聡衣君、彼のこととなると百面相だから。今、すごく心配顔してる」
「!」
そんなに笑うほど? って思うと、そんなに笑うほどなんだよって、また笑われた。
笑われて、また拗ねたような顔になってしまうのをじっと見つめられて。ちょっと居心地悪いけど、それは全部、あいつのせいってことにしよう。
「そして、もしもフラれたら、僕のところにおいでよ」
「……」
「罪悪感って、言っただろ? 本当に君のこと気に入ってるんだ。横恋慕はダサいからしないけれど、でも、君が振られたら正式に申し込みたい、かな」
「そ、そんな」
どこまでが本気なのかもわからない大人な国見さんが俺の肩をぽんって叩いた。
「ほら、いっておいで。立ち話は身体が冷える」
背中を押してもらっちゃった。
「あ、あのっ」
「?」
「今日も、それからそれ以外も本当にありがとうございます。あのっ、本当にお店で働けるのは嬉しくて」
「もちろん! 結果がどうであれ、明日からも働いてもらうから」
「!」
「だから、ズルい大人の僕は、逃げ道もちゃんと用意してるんだ」
フラれたら、フってしまった方も居心地が悪くなってしまうだろう? 働きにくいようじゃ辞められてしまう。それじゃあ、もう間近になってるクリスマス商戦を一人で乗り切れそうもないって真顔で言われちゃった。
そして、もしもフラれてこっちに来てくれたら、それはそれで店もプライベートでもパートナーになれてハッピエンドだって、今度は笑って。
「じゃあ、気をつけて」
「……はい」
最後、別れ際に笑顔で手を振ってもらった。そして――。
「あ、あの、もしもし? 旭輝? あのさ、俺、今日、国見さんとデートで映画とか見たんだけど、その、大事な話があるから。えっと、そこで待ってて。仕事場のとこ。霞ヶ関のあのビルんとこ。今から急いで行くから、邪魔にならないようにするから。五分だけ、話、させて」
そして、今、仕事中だろう旭輝の留守電に残して、駅へと駆け出した。
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