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第53話 国見氏、天然説
金曜日、一般的なサラリーマンにはちょっと楽しくなれる唯一の平日。今まで付き合ってきた相手も大体は金曜日って楽しそうにしてたし、デートしたりとかしてたし。夕食は外で、そしてそのままラブホ、とか行ったりもしてた、し。
「いらっしゃいませ」
でも、エリート官僚は一般的サラリーマンとはちょっと違っているらしい。
「こちらのコートはゆったり着ていただいた方が今年っぽいラインになりますよ」
今日、夜遅くなるって言ってた。金曜日なのに? 華の。
そして、なんと明日、土曜日も仕事なんだって。もう大変じゃん。超、大変じゃん。なのにさ。
――全然。まぁ、こういう仕事なのはわかってたからな。聡衣も疲れただろ? 早く寝ろよ?
俺の方が帰りが早くて、でも、ご飯もお風呂も済ませた頃にやっと帰宅する旭輝はそう言って笑って、また、頭をポンポンって。
「…………」
ポンポンって。
「どうかした? 頭痛い?」
「! いえ、大丈夫です」
「そう?」
さすが金曜日、やっぱり他の曜日の平日とは違って忙しい。って、そりゃそうだよね。今年のクリスマスってさ。
「やっぱり今年は忙しいさがちょっとすごいね」
土日がクリスマスだもん。
「あは、やっぱりそうですよね。明日、土曜日はクリスマスイブですもんね」
「うん」
そりゃみんな楽しみでしょ。恋人と過ごすのも家族で過ごすのも、どれもワクワクしそう。
「ごめんね」
「ぇ? ……あ、出勤のことですか? 全然です。そもそもここで国見さんに雇ってもらってなかったとしても、アパレルで働くつもりだったんで、どっちにしてもこの土日なんてフル出勤ですよ」
「そうだったの?」
「まぁ、仕事見つからなくて……ちょっと迷ったりもしたんですけど」
「迷う?」
「とにかく仕事しないと……って」
「あぁ」
「でも、旭輝が無理に探さなくていいんじゃないかって言ってくれたんで」
あのおかげで、自分の好きな仕事を探せたっていうの、けっこうある。焦って、とにかく急いで決めなくちゃって、ぎゅっと肩に入ってた力がふわりと抜けたっていうか。
「……良い彼だね」
「はい」
「なら、あんまり不安に思わなくても平気だよ」
「え?」
「……顔、引き攣ってる」
「……」
国見さんはそう言いながら、自分の唇の端を指先でキュッと上に押し上げた。
「余計な一言、言ってしまったかなって。甥っ子の佳祐にも、いらない一言を言ってよく怒られるんだ」
「あは、仲良しですね」
「いや、あの様子だからね。暴走しそうで心配なんだ」
確かに……かなり暴走しそうなタイプではあるよね。蒲田さん。
「女ったらしでも手が早いとは限らない!」
「だからその一言が余計なんですよ」
「「うわぁぁ!」」
国見さんと俺は二人でその背後から聞こえた声に飛び上がった。よかった。お客さんがいなくて。店員同士、オーナーと従業員だけど、私語してた上に叫んでたら、なんだこの店ってなっちゃう。
慌てて振り返るとそこには帽子にサングラス、それから……マスク。
「な」
何してんの? 蒲田さん。
「お、お客様、大変失礼いたしました」
えっ? 国見さん?
「何かお探しでしょうか」
「……いえ、探してたんじゃないです」
「? ……! 佳祐っ!」
え、えぇ……まさかの、この超絶下手な変装に、騙されたの? 国見さん?
「そうです。僕ですよ」
「びっくりした。てっきりお客さまかと。よかった」
えぇ……むしろ、俺は今驚いたけど。変装しきれてないのにわからなかった国見さんにも、わからなくて当然ですよ、やれやれ、みたいな顔をしてサングラスと帽子をしまい込む蒲田さんにも。スーツに帽子にサングラスにマスクって、変装とかじゃなく、もう変態だと思うんだけど。
「今日は……貴方にお話があってきました」
そしてその変態蒲田さんが真っ直ぐこっちを見て、そう言った。
「お仕事中に失礼しました」
「……いえ」
バックヤードにある小さな椅子とテーブル。普段、出勤してきたらここに荷物とか全部置いておくんだけど。そんな小さな倉庫に大先生の秘書である蒲田さんがちょこんと座って、ペコリと頭を下げた。
「もう、聞いてるかと思います。私が叔父に頼んで何をしようとしてたか」
「ぁ……うん」
「……」
国見さんはきっと横恋慕できないくらいに仲のいいカップルだよって言ってくれたんだと思う。蒲田さんは唇をキュッと噛み締めて、俯いていた。
「あの……」
あのね。きっと秘書さんってさ、その大先生のために色々しないといけない仕事なんだろうって思う。大変なお仕事だよねって。
「もしかして、蒲田さんって」
でも、それだけであんなに必死に旭輝の素性とか調べるのかなぁって。
大事な大先生の娘さんに変なちょっかい出されないようにって、興信所頼んでまで俺たちの様子見てみたり。それで、恋人同士のようですって報告が来ても信じられなくて、尾行しちゃったり。そんなのするものかなぁって。
「あのさ……旭輝のこと、好き、だったんだよね」
「!」
その一言に蒲田さんは顔をパッと上げて、大きく見開いた瞳から、ポロンって。
「ごめんね」
大粒の涙を一つ、高いスーツの裾に落っことした。
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