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第52話 なんか……なんか

「おはようございまーす」 「…………」  お店に入ると国見さんがこっちを見て。 「今日……休むとばかり思ってたよ」  そう言って目を丸くした。  朝は少しだけ、一般的なサラリーマンよりも遅い出勤。サラリーマン通勤時間帯じゃなくて、ママさんとか、パートさんとかの出勤時間帯が近いかな。  お店がオープンする前。国見さんのお店は十一時オープンだから、一時間前の十時が出勤時間。その一時間で品出し、清掃をして、オープンからは接客と、在庫の管理、電話応対、特に俺の苦手な海外からの電話も含んだ応対。あとは欠品した在庫の確認、再発注などなど。やること結構多いんだ。だから、朝の時間でしっかり品出ししないといけない。  その時刻にお店に入ると、すでに出勤していた国見さんが品出しをしている最中だった。 「んもー、休むわけないじゃないですか」 「いや、だって、昨日の今日だから」 「……」  昨日は頭のキャパ、余裕で超えちゃう一日だった。  国見さんは、俺のこと――。 「あ、いや、違う、そういう意味じゃなくて、顔合わせにくいとかじゃなくて、彼、女ったらしなんだろう?」 「!」 「しかも、ちょっとほら、絶倫っぽいから」 「んな!」 「今日な聡衣君、足腰立たなくて仕事来れないんじゃないかと」 「っそ!」 「あははは、可愛いな。真っ赤だ」 「ちょっ」  足腰って。  立たなくなるんじゃないかって。  国見さんって案外。 「そ。案外、あけすけに物を言うタイプなんだ。海外暮らしが長いからかなぁ。日本人は慎ましいよね」  昨日はあのままそれぞれの部屋で寝ちゃった。途中、夜中、何時くらいなんだろう、目を覚ますと、旭輝の部屋、リビングの方からカチャカチャと、僅かで小さな音だったけど、パソコンの音がしたから、あの後、また仕事の続きを部屋でしていたのかもしれない。  でも、朝はすごく早い時間に起きて出ていっていた。  キッチンカウンターには「今日は遅くなる」って、さっと殴り書きのはずなのに綺麗な右上がりの文字でメッセージが残っていた。  いつもの朝となんら変わらない朝で。  そんなに何にも変わっていない朝で。 「……慎ましい」  まるで昨日の夜のことは途中から、脳内キャパを超えちゃった俺が勝手に一人で見た夢のような気がして……。 「……」  キス、だって、触れた? って、確かめたくなるような、柔らかくて優しいキスだったから。  本当は、キス、なんてしてないような気さえしてきてて。 「……佳祐から聞いてる彼はとても手が早い印象だった」 「……」 「あ! 佳祐、蒲田佳祐」 「あ」  蒲田さん、のことか。そっか。甥っ子だもんね。蒲田、なんて呼ばないか。そうなんだよね。あの蒲田さんは国見さんの甥っ子で、蒲田さんのお母さんが国見さんのお姉さんで、海外生活の長い、インターナショナル一家なんだっけ。 「まぁ、相手もそういう彼だとわかっていて付き合ってるような気もしたけれどね。聡衣君相手だと違うのかな」  俺、相手だと?  違う? 「いや、男同士だからそういうことまでの運びが早いってわけじゃないとは思うけど、ほら、でもやっぱり男同士だと、そんなに時間かからなかったりししない?」 「……」 「そんなわけで今日は来れないだろうって思ったんだ。木曜日で、そこまで忙しいわけじゃないし。来月から店に出そうと思ってる新春向けの品は明日、予定通りに届くし。だから、今日は休みでもいいよって思ったんだけど」  あの悪い同僚の人も言ってたじゃん。女ったらしって。蒲田さんもだし。 「彼も彼で、経験豊富そうに見えたからね」  旭輝は、旭輝で。 「……」  確かに経験豊富に……決まってる。 「でも、まぁ、同性とは初めてだから色々また違うのかもしれないね」  でもその経験っていうのは女の人とのことであって。 「さ、そしたら、足腰大丈夫そうだし、こっちの品出しお願いしようかな」 「ぁ、はい」  男相手だと、また、色々違う。 「ここの箱の分、出しちゃっていいんですか?」 「そ、お願い」  男の俺相手じゃ、女の人との場合とは、色々、全然、違う――。  そりゃ、そうだよ。だって、俺、男だもん。旭輝が今まで付き合ってきたのって、女の人だけでしょ? ほら、言ってたじゃん。あの時は冗談混じりで話してたけど、そんな女ったらしの自分が最後に夢中になったのは俺、そんな設定だなって。つまりはたっくさん女の人と付き合った最後の最後が俺な訳で。そこが蒲田さんを納得させるために重要ポイントだったわけで。  最後の最後、行き着いた先が同性設定してってことは。 「よし、そろそろ十一時だね。オープンするよ。準備大丈夫かな?」 「あ、はい」  初めて、同性と恋愛するわけで。  ―― いや、だって、昨日の今日だから。  同性と付き合うのは初めてなわけで。  ―― 日本人は慎ましいよね。  でも、旭輝はそんな感じじゃなかったじゃん。蒲田さんも言ってたし、自分でだってそう言ってた、じゃん。 「いらっしゃいませ」  あれ?  ―― 佳祐から聞いてる彼はとても手が早い印象だった。  俺も、そんな印象は、あったよ。 「はい。こちらの色違いですね。確認して参ります」  あれ? れ? 「こちらの色はただいま欠品しておりまして……」  もしかして、もしかしたりして。 「お取り寄せいたしましょうか?」  旭輝は、キスした時に、なんか、ビミョー、だったりしてたり……。 「い、らっしゃいませ」  なんか、して。

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