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第56話 なんなのでしょうね。

 俺って、案外、夢見がちっていうか。  子どもの頃はね。  今はないよ。  でも、子どもの頃はいつも、クリスマスの夜だけは眠ってしまうのをいつも我慢してた。子ども部屋でベッドには向かわず、部屋で漫画なんかを読みながら、サンタさんがやってくるのを待ってたのを覚えてる。  だから、俺ってけっこうサンタさんの存在を信じてたんだ。  会って、いつもありがとうって言いたくて。  そうやって寝てしまうのを我慢してたんだけど、結局寝ちゃって、部屋にある小さな、丸い、自分で選ばせてもらえたお気に入りのラグの上で、いつの間にかかけてもらっていた布団のあったかさに目を覚ますの。  わ。サンタさん来てくれんだぁ、って。  きっとこの布団はサンタさんがかけてくれたんだって。  おおはしゃぎですでに起きてるお母さんにクリスマスプレゼントを見せに行っていた。 「ん……」  目を覚ますと、すぐそこにクリスマスプレゼントが置いてあったんだよ…………って。 「……」 「起きたか」 「…………う、わぁ!」  目の前に、プレゼント。 「一緒にここで寝こけたな」  目の前に、旭輝がいた。  夢の中でクリスマスのことを断片的に思い出して、ふと目を覚ましたら、目の前、というより、すぐそこに旭輝がいて、ここはリビングで、ラグの上で……。 「クリスマス商戦、お疲れ」 「……」  寝落ち、して……て。 「って! 今日、俺休みじゃん! わっ、ごめっ旭輝っ、仕事」  ダメじゃん。今何時? はぁ? 嘘、八時だけど? 八時。もう旭輝出勤してないといけない時間じゃん。なのに、寝落ちで、ラグで。  アラームは? スマホ? セットしてないの?  俺はしてないけど、出勤十時だし、歩いて十分かからないし、そもそも月曜日は俺お休みもらってるし。そう! だから! ダメなんじゃん!  月曜じゃん!  週の始めから遅刻しちゃってる。  エリート官僚で、日本を動かすすごい仕事してるのにすっごい遅刻しちゃってる。 「ちょ! 旭輝、早く、えっと。時間給で休みとか取れるの? っていうか、早く急がないとじゃん。スーツとかは? ワイシャツも。着替え! 顔洗ってきなよ。朝ご飯食べる? ご飯とか残ってるんだっけ? っていうか、昨日あのまま寝ちゃったから。俺もっ…………」  あたふた、とはまさに。  嘘でしょ? 時計壊れてませんかー? 壊れてないし。急がないとじゃん。ほらほらほら! って、急いでるけど、結局部屋の中をウロウロしてるだけだった俺を眺めながら旭輝が笑ってる。 「旭輝?」  笑ってる場合ですか? 「…………いや、わりぃ。寝癖つけながら慌ててるの可愛いなって思って。今日、休み取ったんだ。だからここ数日、この有休取るために必死で仕事してた。だから、時計は壊れてないし、寝坊もない。飯は一緒にゆっくり食べられるし、俺が作るよ。時間休は取れたはず。あんま取る奴いないけどな」  旭輝はのんびりと、俺の慌てふためきながら、取り止めもなく話したことに一つ一つ答えながら、ラグの中、俺がかけてあげた毛布の中で笑ってた。  そして、その毛布を片手で抱えながら、かけてくれたんだな、ありがとうって、また笑って。 「パンにするか。あのスープの美味いパン屋で土曜に買ってきておいたんだ。すげぇ美味いって評判の食パン」 「……」 「おはよう」 「……」 「とりあえず、聡衣は風呂、入ってこいよ」  毛布を抱えながら、立ち上がって、部屋の真ん中で右往左往した後、ピタッと止まっていた俺のところに来ると、背中を丸めて、キスをした。  小さく「おはよう」って言いながら。  触れて離れる小さなキスをして。  笑顔を向けて。 「それから」 「!」 「聡衣って、少し体温高いんだな。あったかくて、よく眠れた」 「!」 「ほら、風呂入ってこいよ。朝飯すぐできるぞ」  な、なん。  なんなん。 「聡衣?」 「いっ! 行ってきます!」 「行ってらっしゃい」  また笑ってた。  もう、なんなの。  なんなのあの人。  キス、好きなの?  昨日も俺が帰ってきて寝顔見てたら、キスしたよね。  さっきもしたし。  それに、サラッとなんか、すごいし。  本当、サラッとね。  ナチュラルすぎて、「はぁ……」って感じなんだけど。  何!  俺の体温高いって。  知らないし!  そんなの言われたことないし!  よく眠れたって、俺は抱き枕ですか!  まぁ、ほぼ抱き枕みたいに抱えられて寝てたけど。 「!」  抱えられて寝ちゃってたじゃん。そして起きた時、起きてたよね? 起きたか? って訊かれたもん。寝顔見られてた? 変な寝顔してなかった? 大丈夫? あんま今まで言われたことなかったけど、寝言とか言ってないよね。 「げっ!」  バスルームの鏡に映る昨日の仕事のままの格好をした自分の頭の上で髪が踊ってる。ごろ寝なんかしちゃったからワックスでセットしてあったはずの髪は大変な自由奔放ぶりで飛び上がってて。それに。 「わ……ぁ」  それに、さりげなく、だけど。 「もぉ……」  可愛いわけないじゃん、ね。  真っ赤になった男、なんて。  男だし、今まで旭輝が付き合った女の人たちとは全然、そもそも性別違うんだし。  可愛いわけないのに。  ホント。  なんなのでしょう。 「っ」  あの人さ、サラッと言ってた。  ――寝癖つけながら慌ててるの可愛いな。  なんて、サラッと言ってた。  サラッと、可愛いって。  そのことに、飛び跳ねた髪を手でぎゅっと抑えながら、今更ながらに真っ赤になった自分が鏡の中で困った顔をしていた。

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