58 / 143
第58話 優しく告白
この映画、前に「あ、ちょっと先が気になる、見たい」って思った映画だ。サスペンスでさ、予告映像見て気になってたんだよね。
輸送中突然消えた大金と弟。兄は弟が犯罪を犯したのではないかと、独自に弟を調べるのだが、そこには――。みたいな、お話。
弟も、そして兄も、どっちの役者さんもすっごいかっこよくて、もうその二人が眼福すぎて見てる、っていうか眺めてるだけでいいって思ったんだよね。
でも、今、本当に眺めてるだけになってる。
ちっとも頭になんて入ってこない。
旭輝はじっと映画に見入ってるけど。
俺は、なんで今、兄が猛ダッシュしてるのかすらよくわかってなかったりする。
だって。
だってだって。
だって、ね。
今日、旭輝、休み取っちゃったんだもん。
もうそのことに浮かれてたけど、あと、クリスマス商戦に少しヘトヘトで脳みそ動いてなかった。
うっかりしてた。
そして、ハッと気がついた。
旭輝ってさ。
ゲイ、じゃないじゃん――って。
ノンケじゃん、って。
そして、手が早いんだって自分で言ってたくらいなので。
する…………かもしれない。
しないかもしれない。
でも、する…………かもしれない。
キスをナチュラルにしてくるような女ったらしだから。
でも、その場合、女ったらしの旭輝が女の人とするのとは決定的に違うことがあるわけで。
そのことを忘れてないけど、忘れてた。
準備……とか。
「すげぇな、最後」
気がつくと、「あ、ちょっと先が気になる、見たい」と思っていた映画は終わっていた。何か、わからないけど、弟が「兄さん……ありがとう」ってお礼言ってるし。なぜか兄は怪我してるし。何? 何があったわけ?
「面白かったな」
「うん」
ただいま、掃除も洗濯も、空っぽだった冷蔵庫の中も満杯になるほどの買い物も終えました。
まぁ、だからこそのんびり映画も見てるわけです。
のんびりと二人で過ごすクリスマス、なんで。
「二本立て続けに見ると動いてなくても疲れるな」
「あ、うん」
旭輝は立ち上がるとコーヒーを淹れにキッチンへと向かった。
そうなんです。すでに映画を二本見てるんです。一本目は今年すごい話題になってロング上映になった日本本格的サスペンス映画。で、今、二本目もサスペンス。
「聡衣……」
「! そ、そうだ! サスペンス二本観たから、次はコメディ見る? なんか、クリスマスっぽいの。そうだ。ね、昔さ、クリスマスの時に見た映画ですっごい好きなのがあったんだよね。犬がどうしてもトナカイになりたくて奮闘する映画。知らない? あれ、配信とかないのかなぁ。俺、すっごい好きでさ。それ見ようよ。それか……あ、ホラーでもいいかも。さっき旭輝言ってたじゃん。もう一つ面白そうなのがあるって。俺、本当に全然怖いの平気だしっ、だから」
「……コーヒーミルク入れたぞ」
「……」
スマホで、その子どもの頃に好きだった犬がトナカイになりたくて仕方がなかった映画のタイトルを探してた。
「……聡衣」
けど、そのスマホはそっと奪われて、今、旭輝の手の中にある。
「…………あ、あ、ほら! ホラー映画! 駄洒落じゃないけど、ホラー映画! タイトル、なんていうの? 探そうよ」
「もう映画は山ほど見ただろ」
「山ほどは見てないでしょー……」
「見た」
見た……けど、見てない。
「聡衣」
「っ……映画、は?」
「映画は後で、またな」
「今、がい、」
今がいいよ。今見ようよ。
そう言おうとしたのに、ソファの上、膝を抱えて座っていた俺へと身体を傾けて、旭輝がそっと顔を近づけた。
近くて。
「っ」
キスすらできそうな近さだから、逸らしちゃった。
「聡衣」
「…………ぁ……えっと」
この雰囲気とかさ。
「…… ぁ」
逃げられないけど、逃げたい。
「聡衣?」
俺ね。
嫌いなものが三つあるの。
一つ目は、もういっか。省略で。
「あっ! あのさっ」
二つ目がね。
「あの……わ、わかってる? 旭輝」
怖いの、嫌い。
「……何が」
怖がり、なの。
「ね」
すごい怖がり。だから強がるし、一人で平気って言っちゃうし。
「ね……わかってる? その、俺……男って」
だから、怖いの、好きじゃない。
そして、今、旭輝に少しでも今まで付き合った女の人とは違うんだと、わずかでも溜め息をつかれるのが。
「わかってる」
「いやいや、わかってないってば」
「わかってる」
ひどく、怖い。
「…………男の俺と、その……するって、わかってる?」
女の人みたいにはならないの。男だから。
「……セックス……」
準備したり、手間がかかったり、女の人だって簡単じゃないだろうけど、そう言うのとは違うんだよ。
抱かれるようになってない、の。
だから準備しないといけなくて。
「だからっ、その、色々待たせるし、旭輝は待っててもらうだけでいいんだけどっ、でも、女の人みたいにはいかないからっ」
スマートにはできない。それに落胆されたらって、怖がりな俺は――。
「聡衣……」
怖いの、好きじゃないから。
「わり……」
「!」
ほら、ね。
わり、その言葉の次に続くのはきっとさ……すごく悲しい言葉だ。
だから言ったのに、ノンケは。
「言うの、かっこ悪いから、このままスルーしようかと思ってたんだけど」
ノンケは。
「聡衣は覚えてないだろうけど、俺、昔、会ってるよ」
「……ぇ?」
何? 言って?
顔を上げると、ふわりと微笑んで、旭輝が眩しそうに目を細めた。
「ずっと言いたかったって言っただろ」
「……」
「ずっと好きだった……って、言いたかった」
怖がりな俺は身体をキュッと丸めて、身構えてた。そんな丸まった俺に擦り寄るように旭輝が頭を傾げて、そっと、俺が驚いて飛び上がって逃げてしまわないようにそっと、近くまで来てくれる。
すごくすごく近く。
だから、旭輝の吐息の音すらよく聞こえてくる。
「ずっと……好きだったんだ」
声がわずかに震えてるのさえ、その振動ごと胸に伝わるほど、睫毛が触れそうな距離で小さくて、優しくて、甘い声が、そんな告白をくれた。
ともだちにシェアしよう!