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第83話 特別な陽
彼氏の実家なんて言ったことないよ。
そんなの嵐の予感しかしないし。そうならなくても、自分の親にすら、カミングアウト後は上手に接することができてないのに、他所の親になんてどうしたらいいのかわからない。
それに――。
恋は、そういうの、ないでしょ?
恋は恋のままだったもん。
恋は、恋してる相手との間にだけあるものじゃん。
愛は、ちょっと違うから。
愛って、なかった。
愛してる、とかならあるよ? 言われたこと、言ったことも……まぁ、シラフで言うのは少しどころじゃなく恥ずかしいワードだけど、でもテンションがものすごく高くなっちゃったりとかで、言ったことならある。けど、そういうのじゃなくて、そういう「愛してる」とかの愛じゃなくて。
「愛」はしたことない。
ねぇ。
なるのかな。
俺たちのこれは――。
「……ん」
「愛」になる?
「……」
まだ世界中が寝てるのかもしれない。ベッドの中で目覚めると、すごくすごく静かで。旭輝の寝息しか聞こえない。
よく寝てる。少し寝たの遅かったもんね。お互いに。
なんか止まらなくて、さ。
溢れちゃって。欲しい、が止まらなかった。
だから、寝たのって何時くらいだっけ。
旭輝があんなこと言うから。
家族のことなんて。
そっと枕に頭を置き直そうとして、自分の腰の辺りに旭輝の腕が置いてあることに気がついた。
だからその手を動かして起こしてしまうことのないようにそっと、枕に顔を沈めて、隣でよく眠っている旭輝の寝顔を眺める。
旭輝の実家、田舎なんだ。
人より狸に遭遇する確率が高いってどんなとこなんだろ。
俺の実家はね、地方だけど狸は見たことないよ。いたら、騒いじゃうかも。狸いた! って。そこまで田舎じゃないけど、洗練された街並ってわけでもない。とにかくどこにでもありそうな住宅地。特徴なんてほとんどないから、一度来たくらいじゃ絶対に覚えられないと思う。
そんなところで育ったよ。
そこに旭輝が……来る、とか……。
「聡衣?」
起きてる気配でもしたのか、旭輝が眉をキュッと寄せてから、俺の腰に置いていた手に力を入れて引き寄せる。
「今……何時だ?」
「んーわかんない。でもまだ静かだよ」
そっとコソコソ声で答えると旭輝が身じろいで、手を伸ばした。その先には小さな手のひらサイズの時計がある。
「そろそろ七時……か」
「じゃあ、初日の出見られなかったね」
もう明るいもんね。寝室とリビングにはそれらしき境界線はない。大きな窓がリビングエリア、寝室エリアそれぞれにある。けれどベランダは繋がっていて、どっちからも出られるようになってる。その大きな窓のところにある遮光カーテンの隙間からはぼんやりと朝日で明るくなった外の光が差し込んでいる。
「多分、まだ日の出前だろ」
「そうなの?」
「あぁ、昔、実家で初日の出を従兄弟達と見ようって話になったことがあった。それで、外で暗いうちから待ってたことがある。ゆっくり空が明るくなってきて、もう拝めるかもってずっと待ってたんだが、一向に日の出にならなかったことがあった」
正確な日の出の時間を知らなかったから、もうすぐかもしれない、あとちょっとかもしれないってずっと外で待っていた。そうしているうちに凍るかと思ったって笑ってる。案外日の出は遅いんだとその時知ったって。
そして、懐かしいかったのか、旭輝が思い出し笑いをした拍子にセットしていない髪がパサリと落ちて、その目元を隠す。その前髪をちょっと邪魔そうにかきあげてから、そっと視線をカーテンで光を遮ってる窓へと向ける。
やっぱりまだ日の出にはなってなさそうだって。
「……そうなんだ」
旭輝でもそういうのするんだ。初日の出を従兄弟たちと見てみたり。
旭輝の従兄弟ってたくさんいるのかな。なんとなくたくさんいそうな気がする。うち、ものすごい核家族なんだよね。従兄弟たちも歳が結構離れてるし、そうたくさんじゃないからお正月だからと一緒に遊んだりもしなくて。そういうのちょっと憧れたりした。
田舎に帰省とか、そんな時に会える大勢の従兄弟たちとか。
楽しそう、なんて、思ったりした。
やっぱり旭輝にどこかしら似てる?
女の人とかなら美人っぽいよね。
同性なら……ちょっと並んだとこ見てみたいかも。
「……ほら、まだ日の出前だ」
旭輝はスマホでそれを調べて見せてくれた。初日の出まであとちょっと。
「建物多いからこの時間には見れないかもな」
そして、旭輝は起き上がると暖房を入れてカーテンを開けた。
その途端に光がパッと部屋の中を明るく照らす。
「見ようぜ」
旭輝の笑った顔も朝日が照らしてる。
「初日の出」
新しい一年が始まったんだって、思いながら、その笑った顔を眺めた。
「さっ……っむ!」
ルームウエアにダウンコート着てそれでも寒いって、着ているダウンコートを抱き抱えるように自分の前をぎゅっと手で引き寄せた。
外に出ると風はないけれど、一晩かけて、ものすごく冷やされた空気が頬に触れて、身体が自然と縮こまる。
「寒いな」
旭輝はそう言って、その拍子にふわりと生まれた白い吐息。氷りそうなこの寒さすら楽しいみたいにわずかに笑ってた。
田舎って言ってたけど、寒さにも強いのかな。どの辺の田舎なんだろ。俺は今、凍っちゃいそうなんだけど。
「ちょうどだったな」
「え?」
旭輝が指差した方向には朝日が登り始めてた。建物と建物の間。
「聡衣」
「? なに? わ……」
「こうしたら、そうでもないだろ」
旭輝に呼ばれて、腕を引っ張られて、連れて行かれた先は旭輝の懐の中。着ているダウンコートで覆うように、後ろから俺のことを抱きしめて。
「……初日の出だ」
旭輝が呼びかけて、それに答えるように隙間から太陽が顔を出して、その途端、建物たちが明るいオレンジ色の光で照らされ始める。
それは太陽にとっては多分いつもと同じ、地球の周りをぐるぐるぐるぐる回ってるだけのことで。
「……綺麗だな」
でも、俺たちにとってはなんだか特別な、新しい太陽に見えて。
「……うん」
彼の腕の中、彼の体温にあっためてもらいながら眺める「初日の出」は不思議。ただの太陽なのに、ただの昨日も上がっただろう同じ場所から顔を出したはずのいつもと同じ太陽なのに。
「……綺麗」
とてもキラキラと輝いて、特別に温かく感じた。
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