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第84話 回転率について考えよう。

「そんなにむくれることないだろ」  そう言って、旭輝が黒いコートから滑り落ちたマフラーを肩へとかけ直す。長い指は少し関節のところが太くなっていて、その骨っぽさが、なんかいちいち色っぽくて、目を引く。 「そんなに見たかったのか? 着物姿」  じっと見つめてたのを、さっき、初詣に出かける準備の最中がっかりした着物の一件のせいだと思ってるみたいで笑ってる。  今見つめてたのは、違うけど。  でも見たかったのは本当。  元旦に初詣なんてすごい久しぶりだし、それなら旭輝に着物着せたかったなぁって。着物は着付けの仕方、職場で覚えたんだよね。ちゃんと教室も通って習得した人がいて、その人から教わったの。当日じゃ借りられるところあんまないかもだけど、っていうか初詣っていうのが頭になかったから、仕方ないんだけど。わかってたら、着物用意したかった。  だって絶対にかっこいいでしょ?  旭輝の着物姿なんてさ。 「でも、まぁ、わからなくもないけどな」 「?」  旭輝がじっとこっちを見ながら、そう呟いて、目を細めた。 「聡衣の着物姿とか絶対に楽しいだろ」 「…………! な、何楽しいって! 着物に楽しいとかそういうのないからっ」  今、絶対になんか考えたでしょ。  ねぇ、なんか、着物を着た姿の話をしてるんだってば。なのにきっと着てるとこじゃなくて、脱ぐとこだったでしょう?  それ悪い笑い方だって言って、バタバタと手を動かしたら、その手をパッと掴まれた。  人が多いから、ぶつかるぞって。  ようやく初詣の神社に辿り着くと、物凄い人の多さだった。駅へ降り立った時も結構な人だったけれど、そこから神社へ向かうこの道に入ってから更にぐんと人が多くなって、到着した今となっては道から溢れちゃいそうなくらい。これだけの人が参拝するなんて神様もびっくりじゃんなんて思いながら、その人の多さに驚いてた。寒そうに肩を縮めながら歩くダウンコートの大勢の中で、黒のウールコートの旭輝は際立って洗練に見えた。 「すごい人だな」 「うん」 「着物着てる参拝者もいるのか……寒そうだけど」  旭輝はもう参拝を終えたのか着物姿の人を目で追ってる。ジリジリと進みながら、一定の間隔をあけて、真っ白な吐息が旭輝の口元にふわりと漂っては消えていく。 「けど、いいな。着物で参拝っていうの。なら、次の時はお互いの希望通り着物だな」 「……」  次って? 「はぐれるなよ」  今言った次って、明日もどこかに初詣行く予定あるの? もうここで「初」詣しちゃうから、明日行くのはただの「詣」になっちゃうじゃん。  それに、ねぇ、もう手バタバタさせてないんですけど。暴れてないんですけど。特に隣を歩く人の迷惑にもならないと……思うんですけど。だから、今、こうして手を繋いでなくても大丈夫だと思うんです、けど。 「……はぐれようがない、し」  手握ってるから、はぐれられないでしょ? 「ほら、そろそろ俺たちの番だ」  俺よりも背の高い旭輝がずっと先を見据えながら、手を繋いだまま、一歩前へと進んで。  手を繋いだままの俺は、それに釣られるように、一歩、同じくらいだけ前を進む。 「……にしても、寒い……甘酒とかあったりするかな。俺の実家にある神社だと配ってたりしたんだが、この規模じゃないかもな」  たくさん教えてくれる旭輝の色々なことに耳を傾けながら、戸惑いながら、また一歩、同じだけ進んで、止まって。 「回転率いいだろうな。これだけの人がいて、駐車場、七百円だったか」 「またそうやって計算する。前にもお店をって」 「回転率は大事だろ。金儲けなんだから。計算しとかないと」  そんな他愛のない話をしながら、また一歩、一歩。 「ほら、俺たちの番」 「ぁ……うん」  一礼二拍手、だっけ。  そこで手が離れた。  旭輝は両手を合わせて、そっと目を閉じる。  俺も、それに合わせるように、目を閉じて。  旭輝は、何か、お願い事、とか、してる?  俺はね――。 「……」  しばらくして目を開けると旭輝はもうお参りを終えていた。そして、こっちへ手を伸ばして、またそのまま手を繋いで。 「ほら、やっぱ回転率いい。あとはこれで帰るだけだからな」 「……」  何かお願いとか、神様にしたりした?  俺はね。 「も、また回転率」  俺は、ちょっとだけしてみたよ。俺は――。 「身体、冷え切ってないか?」 「……ぇ、あ、大丈夫」  そこで、繋いでない方の手で俺の頬を撫でた。そっと撫でてくれたその指先がとてもひんやりと感じられた。指先が冷たいのか、それとも俺の頬が赤くて熱いのか。どっちなのかわからないけど。でも、頬を撫でる指先が優しくて、ひんやりとしてるのに秘めたいっていう不快感はまるでなくて。あるのは、ただ。 「ここ! 公衆の面前なのですが!」 「「!」」  二人してビクってしちゃった。 「しかも神社という神聖な場所で何を元旦から見つめあって、先ほど。ご高齢のご婦人が目を丸くしてました! もう少し場所を考えたらいかがですかっ! ですか!」  あ、最後、二回、ですかって言った。  そして、また。 「明けましておめでとうございます」  すごい、年明け早々睨まれた。 「おめでとうございます」 「!」  すご……わかりやす。 「お、おめでたくなんかないですよ……」  そう呟いて世界一苦いお茶と苦瓜と、あと、ケールとかもむしゃむしゃ食べちゃったようなそんな顔をした蒲田さんがそこにいた。

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