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第85話 あけおめ
蒲田さんにしてみたら、このツーショットなんて見たくないよね。お正月早々、年初め、元旦、とにかくそんな日に一番見たくなんてないよね。
神様がここにいるのなら、「おいおい!」って言いたくなるくらいだよね。
「こんな偶然あるんだな」
そんな神様のいたずらも知らないで旭輝が新年の挨拶をすると、少しだけ頬を赤くして、その赤いのを誤魔化すように、プイッとそっぽを向いた。
こんな偶然、これっぽっちも嬉しくないんですけど、神様? って言うように。
「今日はさすがに先生からの呼び出しもなし?」
「ご多忙な方ですがご家族をとても大事にされるんです!」
「あぁ、そうだ。婚約成立おめでとうございます」
「……ありがとうございます」
旭輝が頭を下げると、条件反射のように蒲田さんも頭を、というか、腰をかくんって折り畳むように曲げて挨拶をした。
そっか。
大先生の娘さん、結婚、決まったんだ。
そっかそっか。
今年も来年もきっとそのことでさらに忙しくなるって話してる二人をじっと眺めてた。それがなかったら、旭輝は蒲田さんに呼び出されることはなかったわけで。呼び出されなかったらあそこにいないから、トイレでゲイの痴話喧嘩に遭遇することもなくて。遭遇しなかったら、俺との「再会」もなかった……わけで。
「へぇ、じゃあ、大先生のほうは?」
「もちろん、あの法案についてまだ色々お考えの様子です。それ以上のことはこんな場所で申し上げられませんが」
「まぁ、確かに」
再会がなかったら、俺はここにいないわけで。
なんかそれってすごい偶然がいっぱいだなって。
でも蒲田さんにとってはどの偶然も歓迎できるものじゃないから……。
「……ぁ」
チラリと見えちゃった。
蒲田さんがその白い手にぎゅっと握ってるもの。
俺たちがやってきたのはすごく大きな神社で、毎年、お正月になればテレビ中継で混雑の様子とかを伝えられてるようなとこ。
そのテレビで言ってた。紐の先端に可愛い細工編みのお花がぶら下がってるのが可愛いって、お守り。すごく評判良くて。
真っ赤な紐は……確か、恋愛運の。
「……なんですか?」
「あっ、ううんっ、なんでも」
恋愛、恋、のお守り。
「……」
蒲田さんがキュッと眉を顰めながら、こっちを見つめて、俺は慌てて目を逸らしちゃった。その手にある、わかんないけど赤いお守りを握りしめる彼のことを思ったら、つい。
「あのね! 聡衣君ね!」
「え、あ……クン、付け?」
「! これは義クンのが移ってっ」
義クン、あ、国見さんのことか。その聞き慣れない可愛い呼び方がどうしてもあの国見さんと合致しなくて違和感が……いや、どうかな。蒲田さんのあの斬新な、変態にしか見えない変装見破れない人だから、ちょっと可愛いキャラなのかも。
「そういえば、国見さんと一緒に海外とか行かなかったんだね」
「はぁ? いくわけないでしょ! 従兄弟の海外旅行に便乗なんてしませんよ! しかも義……信さんは仕事も兼ねた旅行なんですから」
「そうだけど。なんかすごく仲良しだから」
「こう見えても忙しいんです! 私はっ!」
「あ、うん。忙しそうとは思うよ」
だって、なんかいつも早歩きだし、慌ててるみたいに早口だし。
「いくら、私がよく未成年と間違われるからと言っても、私、あなたがたと同じ歳ですからねっ!」
「えぇ? そうなの? 同級生?」
「遅生まれなので年齢で言うと一つ違いますが、学年で言えば同級生です」
「そうなんだ。俺、てっきり」
二、三個、歳が下だとばかり。
「そうだっけか? 同級生」
へぇって旭輝が返事をしたら、「そ、そうですよ」って蒲田さんの口がへの字に曲がった。
「そりゃ、先生が好きなお店に案内しようとすると、たまに引き止められてしまいますけれど、れっきとした大人なんですよ!」
もしかしたら、さっき蒲田さんが注意した時よりもずっと大きな、それこそお隣に並んでいるのおばあちゃんがびっくりしちゃうくらいの声で、アルコールを提供しているところだとたまに年齢のわかる身分証の提示を求められるって主張した時だった。
「……うわぁ、正月早々やなもの見た」
そんな声が聞こえた。
「はぁ、嫌な新年……」
ここの神社、すごく有名なんだよね。お正月は大変賑わっている様子です、なんて中継を毎年見かけるくらい。とっても有名で大きな神社。
だから、あっちこっちから人は集まってくる。
そのあっちこっちから集まった人の中でこうして知り合いが遭遇する確率ってどのくらいなんだろ。ものすごいことだよね。
「……河野か」
「すごいな。女ったらしはどこでもいつでもモテモテかよ」
まさか蒲田さんと河野に遭遇するなんて。ここで、この時間に偶然にもお参りしてたなんて。しかもこれだけ人が多いんだよ? 同じ場所にいたって会えないことたくさんありそうじゃん。ちょっとでも離れたらそのまま迷子になりそうなくらい人で溢れかえってる中で遭遇できるなんてさ。
「……ホントだ。河野」
「いや! なんで、君は俺のこと呼び捨てなわけ?」
すごい確率。
「だって」
あ、そっか……これもすごいよね。蒲田さんも河野も同じ歳。
「河野、悪い奴だから」
「はぁ?」
「あと、面白いから」
「はぁぁ?」
まるで神様が引き合わせたみたいに。ほら、ちょうど、そこに有名な神様いるし。
「そうだ。うちに来いよ。夕飯、鍋にするから」
旭輝のそんな誘いに。
「え!」
蒲田さんはすごく驚いて、頬を赤くして。
「えぇ……」
河野は嫌そうな顔を隠しもせずにするから。
「っぷは」
俺はその二人のリアクションが面白くて、今年の初笑いをしちゃってた。
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