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第86話 ライフイズ……
これはお正月早々、不思議がいっぱいだ。
「よーし、俺は株を買う!」
「えっといくらご購入ですか?」
「二千万! いいなぁ。実際に言ってみたいわ。二千万で買うって」
「……言えばいいじゃないですか」
「はぁ? さっすが大先生の第一秘書は太っ腹だな。あれ? でもあの先生は結構クリーンなイメージだけどな」
「クリーンですよ! 失礼な! 僕です! ルーレット!」
とっても不思議な光景だ。
蒲田さんが旭輝の部屋でルーレット回してる。
そして、河野がいる。旭輝と河野って、仲良いの? 悪いの? よくわからない二人だよね。
「あ、僕、結婚しちゃいました」
「おーすげ。おめでとう。お祝儀やる」
「あ、ありがとうございます」
そして四人でまさかのライフゲームをすることになるなんて、このゲームほどじゃないけど、人生っていうのはなにが起こるかわからないなぁって。
「じゃあ、次は俺の番だな」
旭輝が長い指でルーレットを回した。
元旦に急遽、鍋パをすることになって、まぁ、河野は恋人なんていないだろうから、暇してるとは思ったけど。でも旭輝のこと嫌ってそうだし、いや実際あんな嫌なこと言うから嫌ってるんだろうけど、だから、誘ったところで来ないだろうなって思ってた。
河野、暇人?
ただ、蒲田さんは……来ないだろうなって。
だって。
「あ、俺は株を手放すらしい」
「現金いくら分ですか?」
「五千万」
「はい。五千万円」
だって、好きだった人とその恋人がいるところなんて、見てて面白いところなんて一つもないでしょ? だから、来ないと思った。
「次、聡衣だぞ」
「あ、うん」
「まだ酒飲むか?」
「あ、僕はもう結構です。酔っ払っていますので」
蒲田さんがそう言って、自分の顔の前で手のひらをパッと開いてみせた。
「俺は飲む。ワインとかないのか?」
「あるが……今から一本開けるのか?」
「悪いか? 俺はこー見えて、上司の接待だなんだかんだで、酒は強いんだぞ」
「あぁ」
その返事に不服そうな顔をして河野がテーブルに頬杖をついた。そしてその頭がちょっと揺れてるから、まぁまぁ酔っ払ってそうだけど。
「まったくどーして俺が久我山の部屋でライフゲームしてるんだか」
だって、同級生だから。
お鍋を囲みながら同級生あるあるが止まらなかった。小学生の時に流行ったマイナーな遊びはやっぱり地域ごとで全然違ってて、それの披露し合いっこをしてから、今度は当時好きだったテレビの話題になり。そこから今度は高校生くらいに流行ってたものとか言い合って。高校生くらいになるとほぼ物事が同じタイミングで流行ったりしてるから面白くて。流行ったおしゃれグッズ。流行った漫画。流行ったスイーツ。官僚に大先生の第一秘書、それから高卒のアパレル店員。バラバラで全然違うのに、それでも流行りのお菓子が一緒だったり。
「まぁ、二度とないだろうしな」
本当、仲悪いよね。旭輝と河野って。
「…………」
「な、何?」
突然、酔っぱらい河野がじっとこっちを見つめた。
「まぁ、仕方ないわな……そういうもんだから俺たちは」
「河野」
そこで酔っ払いめって諭すように旭輝が河野の言葉を遮ると、一つ溜め息をついて、河野がむすっとしながら、ソファの背もたれに身体を預けた。
「? 何が?」
仕方ないって? このゲームで河野が今、思いっきりビリッケツなこと? それとも、流れで大嫌いな同僚の部屋で、ビリッケツなんて不服なのに律儀にライフゲームをしてて、でも結局のところビリッケツなこと?
「! 泊まったりはしないから安心しろ! バカップルめ」
じっとこっちを見つめていたと思ったら、パッと河野が今度は起き上がって、ちょっとその拍子に頭が揺れてる。
「っていうか帰れる? 河野、すごい酔ってるでしょ?」
ほら、ぐわんぐわん、って揺れてるし。
「ああ、泊まらせるつもりはない」
えぇ? この状態でタクシー乗せようとしても乗車拒否されそうなんだけど。
「泊まるか、アホタレ! 久我山の部屋に泊まるなんてことするなら野宿する!」
ほら、相当酔っ払ってると思うのに。しれっとした顔の旭輝は、それも楽しそうだな、キャンプか? なんて言って笑った。
本当にワイン一本開けちゃうとは思わなかった。
「今日はどうもありがとうございました」
外に出ると地上の明かりでほとんど見えなくなってる中、夜空に点々と星が瞬いていた。
「こっちこそ、急遽誘って悪かった」
「いえ……美味しかったです」
蒲田さんがまたお辞儀をするとふわふわと寒さで凍えそうな白い吐息がたくさん夜空に登っていく。
「次はあんこう鍋だなっ」
「おい! 道はそっちじゃない!」
「はぁ?」
完全な酔っぱらいと化した河野がまったく逆方向……じゃないや、隣の駐車場へと寒い寒いって呟きながら駆けて行っちゃって、それを旭輝が慌てて追いかけた。
「……あは、すごい酔っ払い」
「…………あれ、久我山さんに、とかじゃないですから」
「え?」
蒲田さんが小さく呟いた。
「お守り」
「……」
恋の……お守り。昼間、神社のところで大事そうに握り締めてるのがその上品な指の間からチラリと見えた。
「僕、最初から諦めてましたから」
「……」
「伝えるつもりもなかったですし。怖くて……」
好きだと、あんな人に伝えられるわけないじゃないですか、と、小さく小さく、聞き取りにくいほど小さい声。けれど、その唇が動くたびに白い吐息がたくさん漂っている。
「最初から諦めてた僕に、貴方を羨む資格はないですから」
「……」
「あぁ、って落ち込みましたけど、でも、告白するつもりなんて、一ミリもなかった僕にはそもそも恋のチャンスなんてなかった」
「……」
「だから、これは次の恋のためのお守りです」
ポケットの中にあるのかな。赤い紐のついた恋のお守り。
「次、誰かのことを好きになったら、ちゃんと言おうって思ったんです。貴方みたいに」
「……」
「その時に勇気が出るように神頼みしただけです」
怖いよね。
わかるし。それ。
「大丈夫だよ」
「!」
「蒲田さん、可愛いし」
「! かわっ、かわっ」
けど、きっと次は大丈夫。どうして、とか訊かれても高卒アパレルにはエリート秘書さんに上手に説明できそうにないけど、でも、大丈夫だと思う。
「蒲田さんって、プライベートだと、僕、っていうんだね」
「!」
「可愛い」
「は、はぁぁぁ?」
そして、ぎゅっと今も握っているだろう真っ赤な恋のお守りみたいに真っ赤になった蒲田さんと。
「よーし! 帰るぞ! タークシー!」
ただの酔っ払いすぎて真っ赤な顔をした河野。
「……たく」
それを追いかけまくって息を切らした旭輝。
「……あははは」
なんかすごい組み合わせで迎えたお正月だなぁって、おかしくて、面白くて、不思議で。
「楽しいっ」
ライフゲームよりもずっとドキドキでワクワクする今の状況に、今日一日笑ってばかりだった。
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