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第87話 溺愛するタイプですか?
楽しいお正月になったなぁって。
「さっむぅ……」
やっぱ、お正月? タクシー全然捕まらないから困っちゃった。いつもだったら、場所が場所だから駅のほうに歩いて行けば流してるタクシーに遭遇できるんだけど。ちっともいなくて、しばらく歩いちゃったよ。
「ったく、あいつのせいで新年早々運動会だ」
「あはは。河野、楽しそうだったね」
「一人で過ごすはずだった正月が大勢で過ごせて楽しかったんだろ」
「あ、毒舌」
ふふんって笑ってる。でも、まいっか。河野ならどんな毒吐かれたって、気にしなさそうだし。それどころかとりあえず毒気増量で返してきそうだし。
「可哀想じゃん! ……ぷくくく」
「いや、笑う方が可哀想だろ」
だって思い出したらまた笑えてきちゃったんだもん。
「……ハゲてたね」
そうぽつりと呟いたら、今度は旭輝が吹き出して笑ってる。
もう元旦のこの時間なんてほとんど人がいなくて、人がいないせいなのかな、いつもよりもずっと空気が冷たく感じた。酔っ払ってるせいもあるのかもしれない。少しだけ歩く自分達の足元が愉快に踊ってる感じ。
「言うなよ。実際気にしてるかもしれないだろ」
「まだ大丈夫そうだったけど……育毛剤」
「聡衣の方が毒舌だろ。すげぇ爆笑してたし」
だって、笑っちゃうじゃん。ルーレット回したら、「禿げる」だよ? たった一言「禿げる」って、どんだけーって感じじゃん。
「ライフゲームでも勝ち組の旭輝はさすがですな。地方で大豪邸、だっけ? 東京ドーム一個分ってどんだけ広いのって感じじゃん」
「……」
何かと広さ比較にされちゃう東京ドーム。それが一個だと「あ、一個? ふーん」って感じになっちゃって。比較対象としてはあんまりかもだけどさ。そもそも子どもが遊ぶゲームだもんね。わかりやすい方がいいわけで。
人が住む「住宅」で東京ドーム一個分とかわけわかんないよね。どこのセレブ? って感じ。むしろそんな広いと困りますってくらい。子ども何人だっけ? すごい美人の奥さんがいて、すごい愛妻家で? 株で儲けて? あとは……まぁ、奇想天外なこともたくさんだったし。
「愛妻家なんだそーですよ」
「らしいな。愛妻……とは違うかもしれないが、恋人のことは溺愛するタイプ、だろ?」
「!」
そこでこっちに振らないでよ。答え、戸惑うじゃん。
そして、そんな戸惑ってるのなんてわかってる旭輝が微笑んで、その拍子に、また白い吐息がふわり、一つ漂って。
「聡衣?」
問いかけるように俺の名前を呼んで、まや漂った白い吐息はすぐそこ、俺の目の前であっという間に消えた。目の前。
「……」
今、漂った白い吐息は俺の? それとも旭輝の?
キスする直前だったからどっちのともわからない。
「あ、あと、キス魔です」
「聡衣限定でな」
「!」
溺愛するタイプ。ものすっごくね。そして、ものすっごくキスをくれる。たくさん、いつだって、「好き」混じりに甘いキスを。
「蒲田……大丈夫だったかな。あの酔っ払い、責任持って送るなんて。ほっぽっといていいのに」
「真面目だよね」
「ゲーム中も正座してたからな」
なんとなくだけれど。
「仕事でも真面目だから。逆に仕事ではいいけどな」
知ってたのかなって、思った。
「だからあいつが仕えてる大先生のことは信頼できる」
蒲田さんが旭輝のことを好きだって。わからないけど、なんとなく……ね。
旭輝はさ、なんとなく意識的に距離を取ってたっていうか。少しだけ、ほんの少しだけだけれど、蒲田さんには好かれないようにしてるように思えたから。
「真面目だけど、結構面白いんだよねっ。あと、俯きがちだけど、顔、美形なんだよ? 知ってた? モテそう。旭輝も話が合ってたじゃん? 同じエリートだし」
ね? 知ってる、でしょ?
「俺はちっともわからないこととかさ。頭が良い人同士っていうか」
「……」
「蒲田さんって……さ……」
何を言おうとしてるんだろ。
言葉が上手に出てこないし、言うことなんてそもそもないのに。
それでも――。
旭輝は隣を歩きながら、前を見てた。手はポケットの中。寒いもん。そりゃ、そうでしょ。酔っ払った河野のせいで部屋を出る時慌ただしくて、手袋なんてしてる暇なかったし。
そのポケットを見つめた。
「……」
違う。
何か言いたいんじゃなくて。
欲しい……んだ。
「なぁ、さっきの」
「……?」
こんなの欲しがるタイプじゃなかったんだけど。俺は俺でしょ? って感じ。今もそうだよ。今だって自分には自信ある。自分のこと「なんて」とか思わないし。でも、欲しくなった。
旭輝のことを独り占めしているって思える言葉が。
視線も、欲しいし。
手も――。
「即答しろよ」
「……ぇ?」
ポケットに入れていた手も、欲しかった。
「溺愛するタイプだろ? って俺が訊いた時」
その手を繋ぎたかった。
「そうだねって、即答していい」
蒲田さんの方がスペック? みたいなので言ったら絶対に似合ってる。面白いと思うし。こんなふうに溺愛されるの似合うと思うし。素直で可愛いから。
「だからもう一回」
「え?」
でも、手、繋ぎたかった。そして、その手がキュッと俺の手を握った。ただそれだけで、ほぅって、嬉しくなれる。
「溺愛するタイプ、だろ?」
この手を独り占めしたかった。
この手に引き寄せられたかった。
「……う、ん」
欲しくて、たまらなかった。
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