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第89話 蒲田さん楽しかったって

 国見さんのお店は元旦と二日がお休み。  三日から新年の初売りが始まる。もちろん国見さんファンの人たちはSNSとかで国見さんが海外へ買い付けを兼ねた旅行に行っていたのは周知のことみたいで、三日の初売りにこぞって来てくれてた。 「佳祐が楽しかったって言ってたよ」 「ホントですか?」 「うん。ライフゲーム、やったんだって?」  それがとても楽しかったんだって、国見さんが教えてくれた。  楽しかったんだ。そっか。すごい真面目な顔してたけど、あれは楽しい時の顔なのか。 「そうなんです。あは。楽しかったんならよかった。俺もすごい楽しかったんです。またやりたいくらい」 「それは嬉しいな。佳祐は友達作るの下手でね」 「あはは」  確かに下手そう。顔可愛いのにね。素直だし。あとすっごく面白いのに。 「一人でいることが多い子だから。話すと楽しいんだけどね」 「わかります」 「ホント? 嬉しいなぁ。そう、本当に面白いんだよ。もう少しあの子が人馴れしてくれればなぁ」 「っぷ、なんか猫みたい」  笑ったら、いやいや、警戒心強い猫よりも手強いんだよと真剣な顔で教えてくれる。 「それにしても本当に仲良いですね」 「佳祐と? まぁ、弟みたいなもんだからねぇ」 「君らのことを邪魔しちゃったのに、仲良くしてくれてありがとうね」  最初、あのレストランで話した時はあんな感じの人だと思わなかった。こわーい顔してたし。すっごい睨まれたし。 「いえ。こちらこそ、です。また遊びたいし」  でも違った。  楽しかった。  それに面白かった。  思っていたのと違うことってあるんだなぁって。  このお店もそう。  アパレルの仕事は好きだけど、セレクトショップってジャンルがちょっと違うから敬遠してたとこあったんだよね。それに大きなお店の方が好きだった。いろんな人がくるし、その人に合わせてたくさんの服から一番のを見つけるのが楽しいっていうか。  けど、このお店はちょっと違ってた。  けっこうさ、こういう仕事してる側からしてみるとお客さんの顔って覚えてて。大きな紳士服のお店に勤めてた時も「あ、また来てくださった」とか内心思ったりもするんだけど、向こうは知らないだろうしっていうのもあって、基本的にはそのまま普通に接客する。たまに常連さん扱いが好きな人とかだと、いつも来てくれてありがとうございますって言ったみたりもするけど。  国見さんのお店はとても小さいけど、でもファンがすごく多くて。  そんでそのファンの人たちにしてみたら、店員が国見さんともう一人、俺だけなわけで。  なんか新年早々お客さんと「明けましておめでとうございます」とか挨拶交わすの楽しいなぁって。  そしてそのお客さんにとっての一番を、会話の中から丁寧に探してくの。  もちろん、ない時もあるんだ。あ、このニット絶対に似合うけど……色がいまいち……もう少し落ち着いた色の方がこのお客さんには似合うのに、って。でもその色はお店にない、とか。今までならそれが悔しくなると思う。大きなお店の強みだよね。色展開が豊富なのって。不満足にならないっていうの、いいじゃん? その方が楽しい。  けど、国見さんのお店には違う楽しさがあってさ。  見つからないこともあるけれど、見つかった時の宝物って感じがすごくて。  それに知識だってたくさん必要で、この商品にはこんな特徴があるって説明するために、いつだってアンテナ巡らせて。 「聡衣君?」 「! あ、すみません」 「いや、いいよ。大丈夫。佳祐が何かやらかしたかなって」 「あはは、やらかしてないです。礼儀正しいし。そうじゃなくて」  最近、楽しいんだ。 「楽しいなぁって」 「……」 「蒲田さん、最初の印象と違ってたり。セレクトショップで働く楽しさを知ったり。なんか」 「……」 「楽しいなぁって思ったんです。最近、全部が楽しくて」  それはきっと旭輝のおかげなんだって思う。旭輝といると、ご飯を食べるのも、映画を見るのも、些細な日常すら楽しくて――。  その時、お店のベルが鳴って扉が開いた。と同時に、条件反射みたいに「いらっしゃいませ」と顔をあげると。 「ここのお店、すごい可愛い小物があるって、ギフトを彼女、毎回ここで選ぶって言ってたの」  女性が二人、そんな会話をしながら入ってきた。 「へぇ、じゃあ、次からここで選ぼうかしら。そう遠くないし」  そう答えた女性は高いヒールを難なく履きこなして。 「いらっしゃいませ……」  甘い甘い、香水の香り。 「ギフトをお探しですか?」  想像していた通りの甘い香水。 「……えぇ」  あの時は遠くから見ただけだったから香水の香りは勝手にイメージしてただけだけど、そのイメージのままの少し重め、でも上品な甘い香りがする。  その人は手元に並ぶアクセサリーの小物を眺めながら、ひとつ、気になったのか手にとって、顔を上げた。  そして俺を見て、小さく口を開けて驚いて。 「……貴方」  知ってるんだ。この人は俺のこと。あの時、旭輝が呼びつけた「誰か」を恋人かもしれないと確かめに来ていた。その時は相手が男ってことに安心したのか、そのまますぐに帰っていったけど。  そう、だから、この人は、旭輝のことを――。 「久我山君の……」 「! ぁっえっと」 「知ってるわ……」  多分。 「……久我山くんに宜しくと伝えてください」 「あ、はいっ」 「それじゃ……」 「はい。あ、あのっ……何かお探しのものがありましたらお手伝いしますので遠慮なくおっしゃってください」 「…………えぇ」  多分、好きだった。

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