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第115話 幼き君へ
二人を大きな道りまで見送って、そこでバイバイって手を振った。
――また、そのうち。
そう挨拶したけど、二人とも忙しい仕事してるから、もう一回は難しいかなぁって思った。けど、ライフゲームは新しい場所にも持っていくから、来てくれたら、その時はやろうねって話してた。そんなはるばる遠くまで出かけた先でライフゲームなんてするわけないだろって、河野なら言うかと思ったのに。
――またな。
なんて言うから、ちょっと、なんかジーンとしちゃったじゃん。せっかく仲良くなれたのになぁなんて。
「陽介には言ったのか?」
「うん。言ったよ。歓迎会、週一でやるって言ってた」
「週一?」
「そ。もうこんなイケメンをおつまみにお酒飲めないかもしれないからって」
旭輝は「そりゃ光栄だな」なんて唇の端っこだけで笑って言いながら、俺の腕を掴んでベッドに引っ張り込んだ。
「まだ、髪が濡れてるぞ」
「へーき」
「酒飲みすぎたか? 少しフラついてる」
「そ?」
そうかも、ふわふわほわほわ、なんか足の先っちょ、すごい変な感じがするから、ずっとつま先に力をキュッと入れてみたり、足指を無駄に動かしたりしてる。
「でも、する」
「もちろん」
そしてまた笑ってる旭輝にのしかかるとそのまま上に乗っかって、そっと深くキスをした。
「ねぇ……旭輝」
「?」
「ずーっと疑問だったんだけどさ」
「あぁ」
「どうして官僚になったの?」
「……」
なんとなく、なんとなぁくだけどさ。河野ほど出世とかに野心を持ってる感じじゃないし、蒲田さんほど仕事に夢中って感じでもない。
なんとなぁくだけど。
前にさ、話してた時に「初めて官僚になってよかったって思える」って呟いてた。ほら、俺の実家に行くとか行かないとか、そんなことを話してた時。
初めてってさ。
「……あー、まぁ」
「?」
「大した理由じゃない」
「はぁ? あんなすごい仕事してんのに?」
「いや」
「いやいやすごい仕事じゃん。今日だってたまに河野と話してるの、なんかすごいことだったじゃん。なんだよー。教えろー」
完全に酔っ払いが絡んでる状態で、旭輝の肩をガシッと掴んでぐらぐら揺らした、もちろん自分もぐらぐら揺れながら。
旭輝は困ったって顔をして、その顔を隠すように、肌を撫でてくれていた手で自分の口元を隠してる。
「おーい、旭輝?」
「あぁ」
「おーい、旭輝クーン」
「……」
むしろそうされると気になるんだけど。大した理由じゃないんなら言えって思っちゃうんだけど。
「言わないと、今日のエッチはなしだぞ!」
えぇ? それは俺としても嫌なんですけど、って自分で言って自分で困ってみせる。完全な酔っ払い状態だ。それでもめげずに、聞きたいって旭輝のお腹の上で駄々をこねてみた。
「…………だから……だ」
「え? わからなかった。なに? なんて言ったの?」
本当に聞こえなくて、耳を旭輝のそばに傾けて向ける。
「だから! ドラマを見て、かっこいいなって思ったからだよ」
「…………」
「あっただろ、俺らが中学生の時」
「…………」
「そのドラマで」
「…………あ、あああああああ! あれだ!」
あったあった。
わ、すごい懐かしい。
「あれ見てたんだ」
「あぁ」
千回プロポーズと同じくらいに人気だったんだよね。恋愛要素が皆無、メインは中卒男子が苦難を乗り越えて官僚になるまでのお話。
あれもすごい面白かったんだ。
見てる人はやっばり千回プロポーズに比べると少なくなっちゃうんだけどさ。でも俺のお気に入りの一つだった。
「あれを見て、俺もあんなふうになりたいって思って」
「……」
「だから……大した理由じゃないって言ったろ」
すごい。
「おい、聡衣?」
今の、なんでだろ。来ちゃった。
「聡、……」
頬に手を添えて、目を閉じて、そうっとキスをした。
「……聡衣」
どんな中学生だったんだろ。旭輝は。
あのドラマすごい面白かったよね。時間帯がさ、千回とはズレてたから、その日はドラマ見続けちゃってさ、二時間テレビに張り付いたままだった。うちはお母さん一人だけだったし、基本仕事で居なかったからテレビは独り占めで、たまに休みで、家にいたとしても普段テレビなんて見る暇なかったんだよね。見たいものがあるわけじゃないから、一緒に見ながら「ふーん」って言うくらいで。
「旭輝も続けて見てたの? 千回と」
「あぁ」
「おうちで?」
「家族で見てた」
「そうなんだ」
「少しラブストーリーは気まずかったけどな。テレビ一台しかなかったし」
「あはは、確かに」
そっか、家族で見てたんだ。
「面白かったよね。いつもさ、ラストの」
「十五分な」
「そうそう」
ラストの十五分で毎回感動させられちゃうんだよね。いい話でさ。
「どの話が一番好き?」
「そうだな。俺は」
当時はさ、千回と同じ曜日なものだから、みーんな千回の方の感想を言い合うばっかで、こっちのドラマの感想語りって誰ともできなくてね。旭輝もそうだった?
「あはは、あれも最高だった」
「だろ?」
「そっかぁ、あのドラマで官僚に」
「あぁ」
なんかドラマで憧れの仕事を見つけるとか、素直で可愛い。
「笑うだろ? なんとも子どもじみた理由で」
「ううん」
そんなことないよ。可愛いし、純粋な中学生だったのかなって、ちょっと想像して、胸のとこがキュンってした。
「旭輝、顔真っ赤」
「これは酔っ払ってるからだ」
「えぇ? 本当に?」
「あぁ」
そっかなぁってくすくす笑うと、口をへの字に曲げて。
「っていうか、かなりムードなくなったが、するからな」
「うん。もちろん。するもん」
そして、旭輝の肩に手を置いて、さっきのキスの続きをへの字の唇に落として。
「ったく、なんで急にそんな話」
「あは、いーじゃん」
「よくない。ムード」
「だって知りたいんだもん」
「……」
「好きな人のことは、全部、知ってたいんだもん」
ムードなら最高潮だよ。
「旭輝のこと、なんでも……」
だって、中学生の君を想像しただけで可愛くて可愛くて、抱きしめたくて仕方がなくなるくらい、とても愛しくてたまらないんだもん。
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