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第16話

誠さんは掛け布団を捲り、 「少しでも仮眠、した方がいいよ?寝無しで看病してたんでしょ、陽平くん」 「え、あ、まあ...そう、なんですけど」 俯き、小さく口にすると、誠さんが、ん?と小首を傾げた。 「は、話したいです。...少し」 「...ん。わかった。話したら少し眠りなね?」 「はい」 テーブルに向かい合い座る。 誠さんは足を崩していたが、僕は正座した太腿に握り拳を置き、伏し目がちに唇を噛み締めた。 そして... 「...すみませんでした!」 瞼を閉じ、深々と頭を下げた。 「ちょ、どうした?頭、上げて、陽平くん」 「結衣を、結衣さんを幸せに出来なくて。夫としてもホント失格で、別れた身でこんな...」 俯いていたが、誠さんがため息をついたのがわかった。 「顔、上げて、陽平くん」 涙目になりながら、ゆっくり顔を上げ、誠さんを見る。 誠さんは困ったように微笑んでいた。 「...陽平くんが謝る必要はないし、陽平くんは良くやってくれてるといつも思ってるし、感心もしてるよ。心配になる時もあるけれど」 「...心配、ですか?」 「結衣と別れたのは残念だったとは思う。でも、陽平くんのせいじゃないだろう?結衣は結衣の選んだ道に理一を陽平くんに押し付けて逃げただけだ。まだまだ子供だったんだろうな、結衣は」 まさか、こんな形で結衣の家族と再会するだなんて思わなかったけど、まさか、責められるでもなく、労りの言葉を掛けて貰えるとも、思わなかったけど...。 不意に頬に涙が伝い、慌てて手の甲で拭った。 下手したら嗚咽まで漏れそうで、歯を食いしばり喉を押し殺す。 「理一の為に頑張ってくれてありがとう。結衣の代わり、て訳じゃないけど。本当に陽平くんは良くやってるよ。もう、自分を責めたりしないで欲しい。辛かったら幾らでも力になるから...結衣の至らなさを謝罪しなきゃいけないのは俺たちの方だし」 誠さんも次第に悔しそうな、でも何処か、泣きだしてしまいそうな複雑な表情で僕を見据えた。 「ずっと、1人で大変だったろ。泣いたっていいよ。全然、恥ずかしい事なんかじゃない。それだけ、陽平くんが頑張って来た証だから」 誠さんの言葉はまるで呪文のようで...。 ずっと凝り固まっていた、父親らしくしなきゃいけない、という自分に課した意識が柔らいでいく...。 気づいたら誠さんの腕の中で、僕は泣きじゃくっていた。 理一が一歳になる手前、僕は理一の誕生日を結衣と祝おう、とウキウキした浮ついた気分を隠しながら、仕事していた。 当時、誠さんと同じく、営業マンで。 スーツ姿で笑顔で、ただいま、と帰宅するなり、仏頂面の結衣と結衣の足元に座り、号泣している小さな理一がいた。 「理一、どうかしたの?」 慌てて靴を脱ぎ、駆け寄った。 「...いっつもそうだね」 「え?」 「理一、理一、て。たまには私の心配もしてくれないの?泣き止まないし、ご飯も嫌がって食べやしないし、訳わかんない!子供ってホント訳わかんない!」 怒りながらも結衣も泣き出した。 結衣を思い、理一の世話をしていたつもりだった。 結衣との子供。それだけでも嬉しく、可愛くもあったし、結衣だけに子育てで気苦労を掛けたくなかったから...。 だから、結衣には育児休暇を勧めたし、手料理が大変だろう、と弁当を買って帰ったり、出前で済ませることも度々あった。 結衣に離婚届を突きつけられたのは、その翌日だった。 しかも、出社前。 フラフラと覚束無い足取りと回らない頭で営業周り。 契約なんて取れやしなかった。 そして、結衣は出ていった。 仕事から、ただいま...、と帰宅すると結衣の姿はなく、ソファの上で数日前に1歳を迎えた理一が指を咥え、頬に涙の跡を残し、眠っていた。 理一を抱き締め、泣きたかった。 だが、理一を起こす訳にいかない、と、理一にブランケットを掛け、暫し、着替えすら忘れ、理一の寝顔を見つめ続けた。 あれからもうすぐ3年になるのか...。 「...理一、もうすぐ3歳になるんです」 グス、と鼻を鳴らし、誠さんの腕から離れ、そう呟くと、明らかに誠さんは上機嫌になった。 「理一が!?お祝いしなきゃだな」 満面の笑顔でまるで我が子のように喜ぶ誠さんに、一瞬、面食らったものの、僕も、口を結んだまま、微かに微笑み、頷いた。

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