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Chapter1-3

 俊哉が注文したコーヒーが運ばれてきた。店員は京介が残していった方のコーヒーと、俊哉が完食したケーキの皿を下げた。早苗の方の皿も下げるかと聞かれたが、咄嗟に断ってしまったことを早苗は少し後悔していた。 「それ、まだ食べるつもりだったんだ……」 「いえ、なんか全く食べてないのに下げて貰うのが申し訳なくてつい……」  テーブルに残されたしなしなのアップルパイをしばらく見つめていると、俊哉が腕を伸ばして早苗の前にあった皿を引き寄せる。 「食べれなかった理由が、我が愚弟と幼なじみだと思うと申し訳なく思うよ。お詫びにこいつは俺が食べるから、早苗くんは新しいを頼んだら?」  単に食い意地が張っているだけなのか、それとも彼なりに気を使ったということなのか。理由がなんであれ、早苗の心に蟠ったモノのひとつは解消されたことに変わりわない。 「大丈夫です。それより、残り物を押し付けたみたいになってしまってすみません」 「んーん。別にそれは問題ないよ。ちょうど小腹が空いてたから」  俊哉はアイスを吸ってしっとりと重くなったアップルパイも、全く気にした様子もなくあっとゆう間に完食した。お腹が空いていたというのは嘘ではないようだ。  ケーキを2つとも平らげた俊哉は、少し冷めたコーヒーを一気に飲み干し、話を切り出した。 「じゃあ、話の続きをしようか」 「あ、はい」  てっきり、話はもう終わったものだと思っていた早苗は、動揺したがそれを相手に悟られないよう慎重に姿勢を正した。が、それは俊哉には通用しなかった。 「まだ話しあったの? って顔してる。まさか、俺が君たちが残したケーキを食べに来ただけだとでも思ってた?」  そう指摘する俊哉は、心底楽しそうな胡散臭い笑みを浮かべている。 「そこまでは思ってません」 「話は終わったとは思ってたんだね」 「まあ……俊哉先輩とは正直そんなに仲良くなった覚えがないので、なんでちょっかい掛けに来たのかなとは思ってました」  小松兄弟も京介と同じで高校時代の1学年上の先輩である。やはりこちらも学生当時から親交があった訳では無い。  ただお互いに存在を知っていただけだ。京介と恋人になってから何度か挨拶はしたことがあったが、個人的な会話はしたことなどほとんどない。  今このように話しているが、彼とは赤の他人寄りの知り合いと言っても過言では無い。その割に自分の相手に対する言動は些か失礼かもしれないと自覚はあったが、なぜだか俊哉に対しては上手く取り繕うことが出来ない。  きっと彼の持つ独特の雰囲気のせいだろう。 「言葉に棘があるって言われない?」 「そういう指摘をされたことはないですね」  目の前に座る彼以外に対してはここまで失礼な態度をしたことがなかったのは事実なのでそう答えた。しかしその回答がお気に召さなかったのか、俊哉は頬を膨らませて、不機嫌であることをアピールしてきた。  いくら顔が整っているとはいえ成人男性のぶりっ子ムーブはきつい。しかし、そんなことを口にしてしまえばこの面倒な知り合いはもっと面倒な絡みをしてくる予感がしたので、とりあえず黙っておくことにした。 「嘘だあ。まあ、いいけど。本題はそこじゃないし。早苗くんはさ、俺と伊織の関係どう見えてる?」 「そう言われると上手く言葉に出来ませんが、どうして、俊哉先輩の伊織先輩に対する態度は時々首を傾げたくなります」 「つまり、伊織の面倒を京介に押し付けて、遊び歩いているように見えるということだね」  早苗が刺々しくならないように言葉を選んだというのに、俊哉はそれをわざわざ言い直した。 「……そうですね、端的にいえば」 「まあ、それに関しては否定はしないよ。だって、俺の目的は伊織から離れることなんだから」  穏やかな口調でそう話す俊哉の目だけが笑っておらず、早苗は背中に冷たいものが這ったような感覚を覚えた。直感的に踏み込んではならないと分かっているのに好奇心は止められずに言葉が続く。 「前から疑問に思っていたんですけど……どうして、伊織先輩から離れようとしてるんですか?」 「それねえ……。みんな、俺が伊織と距離を置きたがっているのを不思議に思ってるみたいだけど、別に普通の事じゃない?」 「普通……ですか?」 「早苗くんも見事に、『運命の番』なんて言葉に踊らされてるねえ」  小馬鹿にするような俊哉の態度に若干の苛立ちを覚えた早苗が唇をギュッと結ぶと、早苗の不機嫌を察したであろう俊哉が「馬鹿にしてるわけではないよ」と訂正を入れてくる。 「俊哉先輩の言いたいことがよく分からないので、もっと簡潔に言ってもらえませんか?」 「常識的に考えてみてよ。俺が伊織を気持ちを受け入れたら近親相姦じゃん」 「きっ……?!」  俊哉の口から飛び出した思わぬ言葉に早苗は絶句した。 「すごい顔になってるよ」 「そんな、話を飛躍されたら誰だって驚くに決まってるじゃないですか!」  思わず大きな声を出てしまった早苗を俊哉が「まあまあ」と窘めた。 「別に飛躍した話ではないでしょ。相手は俺を『運命』だなんて言ってるんだからさ。そういう関係を望んでるってことじゃん」 「あー……」 「それに、今まで俺が何もしてこなかったと思う? 確かにアイツに恋愛感情は持てなくても、俺たちは兄弟。家族として何とかしないといけないでしょ?」 「……突き放すのも優しさだと?」 「納得できない?」 「――いえ。自分は確かに『運命の番』って言葉に踊らされてたと自覚しただけです。冷静になってみたら、兄弟間で番える訳ないですよね」  いくらアルファとオメガであっても、血が繋がっていたら番ことはない。それは当たり前のことだ。それなのに、同士でその常識からこの兄弟を外していたのだろう。きっと、さっき彼に言われたように、早苗は『運命の番』なんて言葉に踊らされていたのだ。 「目に見えて可哀想な方に同情するなんてよくあることだけど、みんなもう少し冷静になってみてほしいもんだよ。中途半端に俺が優しくしたって、結局伊織は傷付くんだから、俺の行動は伊織に対する最大限の愛を示すものだと思わない?」  そう言った俊哉の顔は、今まで見たこともない表情で早苗は思わず息を呑んだ。  一見、慈愛に満ちているように思えるが、彼の目の奥にドロリとした暗い感情が滲んでいる。それがなんだかとても恐ろしい物のように思えた。

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