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Chapter1-5

「……は?」  それは、あまりに唐突な告白だった。これまでにそれほど接点がない上に、今日の早苗の俊哉に対する発言の数々は決して相手に好まれるようなものでは無い。なにせ、こちらも相手に半分くらい八つ当たりをしていたのだから。 「ははっ、鳩が豆鉄砲食らったような顔をしてる。別に恋愛感情って訳では無いよ。オメガという括りの中では好きな方ってだけだからね」  そう言われて早苗は「ああ……」と納得した。  確かにオメガの括りで見れば、早苗は彼の中ではまだまともなのかもしれない。比べる対象があの人しかいないのだから。 「まったく……妙な言い方しないでくださいよ。驚いたじゃないですか」 「ごめんごめん。早苗くんがお互いに好きってわけでもないって言うから、つい意地悪な言い方しちゃった」 「好意を寄せるほど、親しくした覚えあります?」 「そう言えば、面と向かってこうやって話すってのは今までなかったね。なんか、君の話は勝手に耳に入ってくるから、すでに友達の感覚でいたよ」 「通りでペラペラと身の上話を聞かせてくれたわけですね」 「でも、君の人間性が俺にとって好ましいって言うのは嘘ではないよ」 「変わってますね。普通、オメガにはオメガらしさを求めるものじゃないんですか?」  今度は早苗がそんな質問をした。 「もしかして、さっき『オメガはアルファと親しくしたいって思うんじゃないの?』って質問したこと、怒ってたりする?」 「いいえ。単純な興味ですよ。多いじゃないですか。――そう言う人」 「近年、オメガに対する偏見が少なくなってきたとは言っても、未だに、オメガは高校を卒業したら家庭に入るのが幸せだって思っている人は少なくないよね」 「俊哉先輩はそう思ってはいないんですか?」 「その辺は個人の自由じゃない? 家庭に入って幸せになる人もいれば、仕事をするのが幸せだって人もいる。逆を言えば、アルファで専業主夫してる人もいるんだから性別で一概に幸せを決めるのは違うと思ってるよ」 「そう、ですか」  そんなことを言うのは、今まで京介以外いなかった。  高校時代のオメガの友人も、早苗の生き方をかっこいいと言ってくれたが、それは同じオメガとしての感想だ。アルファやベータから認めてもらうのとは違う。  その言葉だけで、俊哉の好感度が自分の中でぐぐっと上がるのを早苗は感じた。我ながら単純だ。京介のことを好きになったのも、似たような理由だったということを早苗はふと思い出した。 「俺は君にオメガ『らしさ』を強要したりするつもりは無い。愛はないけど、お互いに利益のある番になりたいというのが、俺の希望」 「創作の中でしか見たことの無いような、『契約番』の提案をしに来たってことですね」  その言葉に俊哉は頷いた。  早苗は正直に言って、リスクしかないその提案を受けてもいいかもしれない、とすら思い始めていた。脳裏に自暴自棄という言葉が浮かんだが、この賭けに乗れば、兼ねてから煮湯を飲まされ続けた伊織に一矢報いるチャンスなるのだ。それに、もしかしたら、自分以外のアルファと番ったとなったら、今まで早苗のことを飼殺しにしていた京介に対しても意趣返しができるのではないかなどと思ってしまったら、今後早苗が背負うリスクなんて些細なもののようにしか感じられない。 「――その提案、乗ります」  早苗の答えがまるで意外だとでも言うように、俊哉はゆっくりと一回瞬きをした。 「え、待って。……本気?」 「本気ですよ。まさか、冗談でしたか?」 「いや、こっちも本気の提案だけど……普通もっと考えるべきでしょ。番になるってどういうことか分かってる? アルファ側にはほとんどリスクなんて無いけど、オメガの早苗くんはかなり高いリスクを負うことになるんだよ」  無茶な提案をしてきた本人に何故だか諭される。もちろん、早苗だって番になることでオメガが背負うリスクを考えていない訳では無い。だか、そんなことよりもこの千載一遇と言っても良いチャンスを逃したくはなかった。 「分かってます。でも、オレにとって俊哉先輩の提案は先輩が考えている以上にメリットがあると思ったので」 「どんなメリットがあるのかは分からないけど。もう少しよく考えるべきじゃない? 俺が言い出したことだけどさ……」  動揺しているのか、俊哉は頭をガシガシと引っ掻いた。 「俊哉先輩。オレ、考えてみたら京介さんのことを好きになったキッカケって、オレにオメガ『らしさ』を求めなかったからなんですよ」 「……ん?」 「正直、オレが今まで俊哉先輩に抱いていた印象って、あんまりいいものではなかったんです。身勝手だとか、人に責任を押し付けてるとか――」 「そ、そうなんだ」  俊哉は口元を引き攣らせた。これほどまでにハッキリと悪口を面と向かって言われたことがなかったのだろう。 「でも、実際ちゃんと話してみたらいい意味で裏切られました」 「ありがとう?」 「俊哉先輩で2人目なんです。オレに『らしさ』を求めないでくれて、平等に扱おうとしてくれたのって……」 「早苗くん……」 「だから、先輩からの提案に乗ります。いつまでに、とか希望はありますか? すぐにって言うのなら、発情期を誘発する薬を医師から処方してもらうことできますよ。その場合、俊哉先輩のサインが必要になりますが――」 「ちょっと、待とうか」  提案した本人より先に腹を括った早苗が淡々と話を進めて行こうとすると、俊哉は一旦止めた。 「なんですか?」 「あのね、俺は早苗くんに今すぐに番になれなんて言わないよ。今の君は冷静さを欠いている。だから、誘発剤を使うつもりはない。早苗くんの次の発情期に合わせよう。それでもし――」 「もし?」 「もし、早苗くんがやっぱり俺と番うのが無理だと思ったら、断ってくれてもいいからね。君が番になってくれると言うなら、俺は助かるけど、それで君を不幸にしたいわけではないから」  こんなに無茶な提案をしてきたくせに、俊哉があまりにも早苗を慮るような言葉を口にするものだから、思わず笑いが溢れた。恋人でもないのに彼はあまりにも優しい。本当は京介から向けて貰いたかった優しさが、思いもよらない人物から向けられたことに早苗は驚きつつも、その胸中には温かいものが湧いていた。

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