7 / 44
Chapter K-1
須田京介は、昼間の早苗とのやりとりがどうにも引っかかっていた。
自分の知る“逢沢早苗”という人物は、良い意味でオメガらしくないオメガだった。それなのに、今日の彼の振る舞いは、いつもの早苗らしくなかった。
『――どうして、デート中にあの人の呼び出しに応じるんですか?』
そう言った時、普段の彼からは想像できないくらい必死そうだった。何故、あんな縋り付くようなことをしてきたのか京介には分からなかった。
だって、早苗はあんなに必死になって京介に縋る必要はないのだ。なぜなら、彼は伊織とは違っていずれ番になるアルファである自分に愛されているのだから。
「京介、どうしたの? 眉間にシワ寄せて」
京介が考え込んでいると、起き上がった伊織が凭れ掛かってきた。彼の瞳はまだ、熱の余韻が残っているようで潤んでいる。
京介がここに駆けつけた時よりは大分回復をしているようには見えるが、吐息はまだ熱く、汗腺から放たれるフェロモンも色濃く香っている。きっとまだ体は不調を訴えているはずだ。
「なんでもない。それより、伊織は自分の心配だけをしていてくれ」
「そんなこと言っても、気になっちゃうんだから仕方ないでしょ。もしかして、早苗くんのこと考えてた?」
伊織の口から、ついさっきまで脳裏に浮かんでいた恋人の名前が出てきたのだから動揺した。
「当たりみたいだね。今日は久しぶりのデートだったんだっけ? 早苗くんにも申し訳ないことしちゃったなぁ……」
伊織は申し訳なさそうに、眉尻を下げた。そんな彼を京介は思わず抱きしめずにはいられず、再び2人でベッドに沈んだ。
「早苗なら大丈夫だ。彼もオメガなのだから、お前の辛さを理解してくれるだろう」
「うん、そうかもしれない。でもね、京介。ぼくには早苗くんの気持ちも分かるんだよ? 彼と同じくオメガだから……」
「伊織……」
「番と言っても良いくらいに心を許した相手が、他のオメガと一緒にいるなんてぼくなら耐えられないよ……」
そう言った伊織の長い睫毛は、しっとりと湿っている。彼だって辛いだろうに、京介の恋人である早苗にまで気を使ってくれる伊織がいじらしくて仕方がなかった。
「早苗なら大丈夫だ。俺たちの関係をきちんと理解してくれているよ」
「本当? ならいいんだけど。……ぼくが、こんなじゃなければ、京介にも迷惑かけなくて済んだのに、なんか自分が情けないよ」
「そんなこと言うな。伊織は十分耐えている。お前が早く『運命』なんていう呪いから解放されればいいのに……」
「ありがとう、京介。どんなに辛くてもぼくはきっと、俊哉を好きでいるのは辞められないけど、これを『運命』の呪いだなんて言わないで。彼の『運命』であることが幸せでもあるんだから……」
健気な伊織を見ていると、昼間の早苗の自分勝手な発言とどうしても比べてしまう。
早苗は幸せなオメガのはずなのに、どうしてこんなにも哀れなオメガを目の敵にするのだろうか。
「伊織もいつの間にか強くなっていたんだな」
「京介が支えてくれるおかげだよ。それから、京介をぼくに貸してくれる優しい早苗くんのおかげ。彼に何かお礼できないかなぁ……、ぼくが直接贈り物をしたら角がたちそうだよね」
伊織はうつ伏せのまま上半身だけを起こした。そして人差し指で数度唇をトントンと叩く。それは、彼が悩んでいる時によくやる仕草であった。
「そこまでしなくてしなくても大丈夫だ」
「そんなこと言って、愛想尽かされても知らないよ。あ、そうだ! 京介、早苗くんにネックガードを送ったら?」
「ネックガード? それなら、早苗は自分の物を持っているが……」
京介が聞き返すと、伊織は得意そうな顔をした。彼はたまに、自分が知っているのに京介が知らないことがあるとこんな顔をする。無邪気な子供のようでとても愛くるしく思う。
「そういうの疎いよね、京介は。恋人のアルファからネックガードを送って貰うのってオメガの憧れなんだよ」
「エンゲージカラーとかいうやつか?」
「そう、それ! 京介の会社でも作ってたりしないの?」
京介の勤める会社は、主に医療用のネックガードをデザイン・製作している。
従来取り扱っていた商品は機能性を重視したモノが多かったが、数年前に機能性とデザインに力を入れた商品を取り扱う部門が出来たことを思い出した。
「俺は医療用の担当だから詳しくは知らないが、別部門が何年か前に立ち上がったときに、そこでは機能性とデザインに力を入れた商品を売りにすると言っていたな」
「やっぱり。この前見てたネックガードのカタログの親会社が京介の勤めてる会社だったから、もしかしたらって思ったんだよね」
この企画を立案を最初にしたのは早苗だったということを京介は思い出した。早苗が提出した企画書はその場で棄却されていたが、再度彼の後輩が持ってきたら通ったといういわく付き案件だ。
この出来事がきっかけで京介は早苗と付き合うことが出来たので、自分にとってはそれほど悪い思い出では無いが、早苗にとってはどうだろうか。
「ほら、見て」
京介が悩んでいるうちに、伊織はタブレットの画面に当のカタログを表示させていた。
普段京介が目にしている商品よりも華美な印象を受けるネックガードの画像が並んでいる。
「ほう――」
「良ければぼくが選ぶのを手伝ってあげようか? 京介ってこういうところのセンス無さそうだし」
「センスないことはないと思うが、こういうのは使い慣れてる人に任せるのが良さそうだな」
「好みとかあるからね。ベルトの幅は細身がいいとか、太めじゃないと落ち着かないとか。早苗くんが普段使ってるのってどのタイプ?」
結局京介は伊織に勧められるまま、早苗に贈るためのネックガードを朝までベッドの中で吟味した。
ともだちにシェアしよう!