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Chapter2-1

 昼休みに久々に高校時代からの付き合いである、紀田椎名から唐突に『暇だったら、飲みに行こう』と誘いが来た。  最近、色々な出来事があって、憂さ晴らしをしたかった早苗がその誘いを断るはずがなかった。すぐに了承のメッセージを送ると、店の地図とホームページが送られてきた。現地集合ということらしい。その店は、早苗が働いているオフィス街から駅に向かって10分程のところにあり、つい先月までその場所はテナントを募集していたことをふと思い出した。  椎名の情報によると、この店は女性をターゲットにしているらしくオメガだけでの入店も可能らしい。近くにある居酒屋はオメガだけで入店しようとするとあまりいい顔をされないか、時間によっては入店を断られることがある。  仕事終わりに少し飲んでから帰りたいなと思っても、今まではコンビニか駅ビルの中にある小洒落たセレクトショップで買ってから宅飲みという選択肢くらいしかなかったので、この情報は早苗にとって朗報だった。  きっかり定時で上がって、待ち合わせの店に行くとレトロな喫茶店を連想させる店だった。看板を見ると、送られてきたホームページと同じ店名だったのでここで間違い無いだろう。木製のドアを引いて店内に入ると、ドアについていたベルが来店を知らせる。奥から若い女性店員が出てきたので、待ち合わせだと伝えると先に来ていた椎名のいるテーブルに案内された。 「へえ、早苗ってまだ須田先輩と付き合ってたんだ」  そう言って椎名はグラスに残っていたカクテルを飲み干した。 「まだって何だよ。悪いことではないだろ」  お通しのミックスナッツをつまみながら眉間に皺を寄せて早苗が言い返すと、椎名はいたずらを思いついたとでも言いたげに口角を上げる。 「でも、あの人ってスペックは高いけど、事故物件じゃない?」  咄嗟に言い返す言葉が出てこなかった早苗は誤魔化すかのようにカクテルを飲み干す。そんな早苗の反応を見て、椎名は愉快そうにカラカラと笑った。完全に揶揄われている。  落ちてきた艶やかな黒髪を耳に掛けると、形のいい耳にキラリと石が光るシンプルなピアスが見えた。こういう仕草だけ見ていると、たまにドキッとさせられる。実際の彼は、早苗と同じくらいオメガ『らしくない』性格をしているが、彼は『らしく』振る舞うのがすごく上手だった。高校時代の初対面の時、そんな彼の振る舞いを見て『教科書通りのオメガ』だと思ったのは今でもよく覚えている。 「早苗が恋愛下手だっていうのはなんとなく予想はしてたけど、正直ここまでとは思ってなかったなあ」 「そこまで言われるほどじゃないと思うけど……」 「じゃあ、今、胸を張って幸せだって言える?」 「……」  言葉を詰まらせると、椎名はやっぱりという顔をして、小さくため息を吐いた。 「そもそもの経験値が少なかったよね。てか、須田先輩の噂なんて、高校の時から耳にタコができるくらい聞いてるはずなのにどうして付き合っちゃったのさ」 「いくら幼馴染と言っても、社会人になってまであんなにベッタリだなんて思ってなかったんだ」 「まあ、常識的に考えたらそうなるよね……」  早苗が苦し紛れの言い訳に、椎名はあっさりと同意した。  てっきり、とりつく島もなく自分の言葉など一蹴されるかと思っていた早苗は拍子抜けする。 「なんて言うと思った? これだから早苗は甘いんだよ。オメガの執着って実際のところアルファより強いんだから」 「そうなの?」  したり顔の椎名に、率直な疑問を投げかけると途端に気の毒そうな眼差しを向けてきた。 「な、何……」 「いーや。早苗が須田先輩にあんな扱いされながらも別れないでいるっていうのは、案外オメガの執着だったりしてね」  早苗は思わずたじろぐ。  そんなはずはない、と早苗は自分に言い聞かせた。京介に対する想いが、オメガのアルファを求める性質だったなんて思いたくはなかった。 「そんなに考え込むこと?」 「こんなに『らしくない』オメガなのに、そういうところでしっかりとオメガなんだって知らしめられると……」 「それの何が悪いのさ」  メニューに視線をやりながら椎名が言った。 「何が悪いってわけじゃないけど……」 「じゃあ、良いじゃん。本能で恋したって全然いいと思うよ、僕は」  そう言って椎名は店員を呼んだ。カクテルのおかわりとパスタを注文していたので、早苗も同じく酒とパッと目に付いたドリアを注文する。  先に届いたグラスに口をつけたとき、ドアベルが新たな客の来店を告げる。  早苗は入口に背を向けていたので気が付かなかったが、そちらに一瞬視線を向けた椎名はテーブルを指で叩いて口をはくはくとさせた。  普段から自分のペースを崩すことかほとんどない椎名が、珍しく動揺していた。どんなすごい人物が来たのかと、早苗も入口の方をチラッと盗み見て、サッと視線を戻した。  ――いる! なんかいる!!  早苗が必死に目で訴えると、椎名は深刻そうな表情でゆっくりと頷いた。  新たに来店したグループの中心に居たのは、早苗が最も苦手とする人物――小松伊織、その人であった。   あの厄介な人物には極力関わりたくないと思っていたのは早苗だけではなかったらしい。椎名も、相手の動向を確認しつつも顔は早苗の影に隠すような位置に座り直した。  向こうは自分たちに気がついていない上に、幸い、店員が彼らのグループを早苗たちが座っているテーブルから離れた場所に案内していたのと、観葉植物が丁度良い壁になっていた。そこで2人はようやくホッと胸を撫で下ろした。  次の瞬間――。 「やっぱり、逢沢くんだ」

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