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Chapter4-2

「逢沢さん。なんだか顔色が悪いですけど、大丈夫ですか?」  昼休みを告げるチャイムがなっても、なかなか席を立たない早苗を心配したオメガの先輩である前野に声をかけられた。  彼女は、早苗の新人教育をしてくれた人である。新しい部門ができて早苗がチームを移動してからは、前ほど話す機会は無くなったが、それでもタイミングが合えば一緒にお昼を食べるくらいの交流は続いていた。 「ああ、前野さん。大丈夫ですよ」  心配してくれる、前野に対して笑顔を取り繕っていると、コンビニの袋を片手に戻ってきた同期の柴又が早苗の方に近づいてきた。 「逢沢さん、もしかして体調不良ですか? 自分の体調の管理もできないなんて社会人として失格ですね。ましてや、オメガ様は3ヶ月に一回は休暇を貰ってるんですから、その辺考えてもらわないと」  勝ち誇ったような嫌な笑みを浮かべて柴又はそう発言した。それにしても、オメガ様とはなんと嫌味な発言だろうか。  柴又という男は、入社当時から何度かオメガを見下す発言をしていた。しかし、上司はそんな柴又に対して口頭で軽く注意をするだけあったため、柴又の行動をさらに助長させた。特に同期である早苗に対しては、そういった行為や言動が顕著であった。  彼は多分、アルファやオメガという存在にコンプレックスを抱いているのだろう。そういうベータは少なくないという。しかし、アルファ相手には分が悪いと思っているのが、そういうタイプの人間が標的にするのは大抵の場合オメガなのである。  理不尽に突っかかってくる柴又に、早苗はいい加減に辟易していた。  しかも、3年くらい前のある出来事がきっかけで、早苗と彼の元々悪かった関係は更に悪化していた。なので、早苗にとって柴又は、相手にするだけ体力と時間が無駄になる人物であった。 「ちょっと、柴又さん」  あまりに酷い言いがかりだったので前野が窘めるが、柴又は肩を竦めて彼女の言葉を聞き流すような素振りを見せた。特に今の時間は、周りに他の人がいないので、彼の態度の悪さはいつもに増してあからさまであった。 「ご心配おかけしてすみません。ですが、大したことの無いので気にかけて頂かなくて結構ですよ」 「いやいや、オメガの体調不良って突発的な発情期を招いたりするでしょ? 職場で発情されても困るんですよね」  怒りを押し殺し、早苗は無難な対応をしようと試みるが、完全な言いがかりで煽るような真似をする。 「そこまで酷いものでは無いでご安心を……」 「あ、それともアレですか? 今日は朝から同伴出勤だったみたいですし、昨晩盛りすぎちゃいました? 学生じゃないんですから自重しましょうよ」  早苗の言葉を遮るように、柴又はセクハラ発言をしてきた。これに関しては早苗も前野も堪忍袋の緒が切れそうであった。しかし、ここで揉め事を起こしてもこちらが一方的に不利になるだけだ。  何とかして言い負かしてやりたいと、思っていた早苗は、柴又がうっかり失言していることに気がついた。 「柴又さんはもしかして、須田さんのことを節操なしの下半身野郎と仰っているのですか?」 「――は?」  早苗からそんな反撃を受けるとは思っていなかったらしく、苦虫を噛み潰したような顔をしてから「あ……」と声を漏らした。自分の失言にようやく気がついたようだ。  柴又はオメガに対しては見下した態度をとるが、アルファに対してはやたらとごまをする。少しでも目にかけてもらおうという魂胆が見え見えだ。だから、アルファの悪口を言うことなんて普段ならば絶対ないことなのだが、今回は早苗を煽りたい一心で言葉選びを間違ってしまったのだろう。 「体調不良は事実なので、その点のご指摘は最もですが、その後のセクハラ発言は取り下げて貰えませんか?」 「…………」  謝罪の言葉を発することなく柴又は押し黙ってしまったが、、彼の苦々しい表情を見て、一矢報いることが出来たと早苗と前野はすこし溜飲が下がった。 「前野さん、やっぱり病院に行きたいので早退してもいいですか?」 「顔色悪いですから、その方がいいと思います。あまり無理はしないでくださいね。早退の手続きはしておくので、退勤して大丈夫ですよ」 「すみません。ありがとうございます」  柴又が黙り込んだことをいいことに、前野と芝居がかったやり取りをしながら帰り支度を済ませた。 「ご心配おかけしてすみません。お先に失礼します」  少々ズルい手口を使ってしまったと早苗は反省するが、あのまま会社に残っても柴又が延々と愚痴をこぼすことが、容易に想像ができたのであとは前野に任せてしまう事にした。体調不良なのは事実だったし、早苗にはできれば今月中病院に行きたい理由があった。発情期誘発剤の処方同意書が欲しかったのである。  来月には発情期が来るのでそれより前に、俊哉と番っておきたかった。来月の発情期まで待ったとして、京介はまた休暇を取るだろう。そうなったらそもそも俊哉と番えるタイミングがないのだ。  ちなみに、発情期誘発剤とは文字通り発情を誘発させるための薬である。主に発情期不全などでちゃんと周期通り発情期が来ない場合やうまく発情できない場合に用いられることを前提とした薬であった。  しかし昨今では番になりたいが発情期まで期間があるなどの場合にも処方してもらうことができる。前者の場合、オメガシェルターでの仕様になるのでそこまでややこしい手続きは必要ないが、後者には少々手間がかかる。何せ、発情期誘発剤で発情期を誘発して犯罪行為をする可能性があるからだ。実際に、処方された薬で発情期を起こしてオメガがアルファを逆レイプした事件も何年か前にあったということを早苗はふと思い出した。  電話で病院の当日予約が取れるか確認すると、平日のため15時半の予約が取れた。なので一旦家に帰って、京介から貰ったエンゲージカラーを病院に持って行くことにした。これがあれば処方同意書をもらうために打って付けの「パートナーにプロポーズされたので」という理由が使える。アルファである俊哉に付き添ってもらえばもっとスムーズかもしれないが、下手に知り合いに見られたら厄介なので、その案は直ぐに却下した。  昼休憩が終わる時間ということもあり、エントランスは社外でご飯を食べて帰ってきた人達でごった返していた。この人混みの中を逆流するのは気が引けたので、しばらく待って人が捌けるのを確認して早苗は会社を出た。

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