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Chapter4-7

 俊哉に導かられて部屋に入るとそこは、まるで異国の宮殿のような内装で、カーテンのない窓からは都内の夜景が一望できるだろう。室内の床は廊下よりもさらにフカフカしていたので、早苗はこわごわと足を進めた。  そんな及び腰の早苗を見て俊哉はたいそう面白かったのだろう。背後から時々、押し殺した笑い声が聞こえてくることに早苗は気がついていた。  しかし、そんなことを一切気にも止めず一通り室内を探索して満足した早苗に、俊哉は声をかけてきた。 「早苗くんはシャワー浴びる?」 「は、はい」 「じゃあ、バスローブとタオルは用意しておくから入ってきていいよ」  追いやられるようにバスルームにきた早苗は、すごすごと服を脱ぎカゴの中に入れる。ジャケットはシワになっては嫌なので裏返して軽くたたみ洗面台の横の方へ置いた。  バスルームは想像していたような広さはなかったが、石鹸類が普段使っているものよりも高級だということはすぐにわかった。すごくオシャレな匂いがする。  家で一応の準備はしていたので、移動時にかいた汗を軽く流してバスルームを出ると、さっきまで早苗が着ていた服が無くなっており、代わりにバスローブとバスタオルが準備されていた。  少し緊張しながらおずおずと袖を通すと、今までに体験したことの無いような着心地の良さだった。浮かれ気分で脱衣所を出ると、ソファでコーヒーを飲んでいる俊哉と目が合った。 「ああ、もう上がったんだね。水は用意してあるから、これで薬を飲んで」  俊哉がテーブルの上に置かれた瓶のミネラルウォーターとグラスを指差した。 「あ、ありがとうございます」 「じゃあ、次はおれがシャワーを浴びてくるね」  そう言って俊哉は、ソファの方へ近づいた早苗と入れ替わるようにバスルームへ消えていった。早苗は誘発剤をジャケットの内ポケットに入れていたので、室内を見回して自分の着替えを探すと、それはすぐに見つかった。コートハンガーにかかっている自分のジャケットの内ポケットを漁ってピルケースを取り出した。そこには、ビビッとピンクの薬が一錠入っている。  この見た目ならば、他の薬と間違えることはなさそうだが、逆にいかがわしい薬みたいで口に入れるのをほんの少し躊躇した。普段早苗が目にするこの手の錠剤は大抵は白系統か黄色のものばかりだからである。  しかし、この薬を飲まなければ俊哉と番になることはできない。深呼吸をして、早苗は一思いに薬を口に放り込み、水で流し込んだ。  薬剤師からの説明によると、薬の効果が出てくるのは20分から30分ほどだという話だった。それまでの間、この妙な緊張感に耐えなければいけないと思うと少し気が重い。  薬が効いてくるまでの間、何をしていればいいのかと、早苗はテーブルの上にあったホテルの利用案内をおもむろに開いた瞬間、バスルームから俊哉が戻ってきた。水も滴るいい男を体現したような姿で、早苗は思わずときめきそうになった。 「薬はどのくらいで効いてくるの?」 「薬剤師さんいわく、20分から30分くらいで効果が出てくるって言ってました」 「じゃあ、それまで少し遊ぼうか」  そう言って俊哉はベッドに腰を下ろし、自分の隣をトントンと叩く。早苗が素直に俊哉の隣に座ると、手を重ねて指を絡ませてきた。シャワーから出てきたばかりのせいか、早苗の手より熱い。 「手が冷えてる。湯冷めしちゃったかな?」 「擽ったいです」  そう言いながら、袖から侵入してきた俊哉の手が早苗の腕をさする。擽ったさが先に来て早苗は身を捩って逃げようとするが、上手い具合にベッドの方へ押しやられてしまって、俊哉はそんな早苗の上に覆い被さっていた。  石鹸の香りと混ざって微かに匂う俊哉のフェロモンに、早苗の身体が反応する。少し冷えていたはずの体の中心から、ふつふつと熱が沸いてくる。 「薬が効いてきたかな? 早苗くんのフェロモンの香りが少し強くなってきたみたい」  俊哉が早苗の首筋に鼻を寄せた。 「かもしれないです。少し暑くなってきました」 「じゃあ、そろそろコレ外しちゃおうか」  左手の人差し指でネックガードに触れながら、耳元でささやかれる。ついいつもの癖で、シャワーから上がった時に着けてしまったものだった。  早苗のネックガードは4桁のダイヤルロック式なので、鏡がないと自分ではすごく外しにくい。 「番号は1806です。外して貰っていいですか? 鏡がないと外しにくくて」 「いいよ。なんだか、プレゼントを開ける時みたいな気分。すごくワクワクする」 「そんなにですか?」 「うん。だってここには、誰も触れたことがないんでしょ?」  外されたネックガードの痕に、そんなことを呟きながら俊哉が唇で触れる。首を守るものがない状態で、アルファの唇が首筋に触れるなんて経験は今まで体験したことがない。少し怖くなって、無意識に体が強ばる。 「……怖い?」  早苗が体を固くしたことに気がついた俊哉が、優しい口調で問う。 「少し……でも、ドキドキの方が勝ってます」 「そっか。少しならそうか」  そう言って俊哉の唇が早苗の唇と重なる。初めは触れるだけ、角度を変えて数回啄むようなキスをする。早苗の体から力が抜けたことを確認すると、俊哉は舌で早苗の唇を軽くノックした。それに答えるように早苗が薄く唇を開くと、俊哉の舌が侵入してきた。  舌を絡ませ軽く吸われると、早苗の単純な身体はすぐに蕩けてしまう。  しばらくお互いの唇を堪能していると、早苗の体の中で燻っていた熱の核が弾けた。理性は溶け落ち、目の前のアルファが欲しくなり、早苗は俊哉を求めるように四肢を彼の体に巻きつけた。

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