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Chapter4-6

【誘発剤、受け取りました】  朝一番で病院に行って薬を受け取った早苗が、俊哉にメッセージを送るとすぐに返信が来た。 【19時くらいに、ここのホテルのラウンジで待ってるよ。服装はカジュアルスーツで大丈夫。ちゃんと心の準備しておいてね】  という文章とともに、待ち合わせの場所になるホテルのサイトが送られてきた。早苗がなんの躊躇もなく送られてきたサイトのURLをタップすると、人生で一度は泊まってみたいと言われる高級ホテルのサイトのものだった。一泊の料金が目玉が出るほど高く、一番安いプランでも新卒の1ヶ月分の給料でも払えないと言う話を早苗は聞いたことがあった。  服装の指定があった時点でまさかとは思ったが、たかが『契約番』になるというだけでこんなホテルを選んだ俊哉の気が知れない、と早苗は思った。俊哉と早苗はお互いに恋愛感情を持って番になるわけではないのだから、ロマンチックなシュチュエーションなどと言うものは望んでいないのである。  いや――待ち合わせだけこのホテルでして、その後移動する可能性もまだ残っている……と早苗は自分に言い聞かせた。こんな場所に呼び出されるなんて、正直、俊哉と番うことなんかよりもずっと気が重かった。早苗はこういう洒落た場所というのがあまり好きではないのである。  約束の時間より少し早い時間に、早苗は指定されたホテルに着いた。目の前に聳え立つ豪奢な建物に、思わず足がすくむ。  意を決して入口を抜けると、そこはまるで別世界であった。映画でしか見た事のない大きなシャンデリアが天井から吊るされていて、床はつるんと滑りそうなほど磨き抜かれた大理石が並べられている。ほかの利用客も早苗とはまるで住んでる世界がまるで違うのではないかと思うほどに、洗練されていた。  たかがカジュアルスーツにですら着られているような自分が、すごく場違いであるような気がして、早苗は居心地が悪かった。唯一の救いは、その場にいる誰もが、他人である早苗に一切の関心を向けていないことであった。  もしこの場で、好奇の視線に晒されるようなことがあったら、早苗は尻尾を巻いて帰っていたかもしれない。  入り口の近くで呆然としている早苗の方を向いて手を挙げている人物が視界に入る。目を凝らしてみると、それは俊哉だった。周りの風景に馴染んでいたせいで全く気が付かなった。  目当ての人物を見つけてホッと指した早苗は彼の元へ歩を進めた。正直、俊哉を見つけてホッとするなんてなんだか妙な気分である。 「こんばんは、俊哉先輩」  ソファに深く腰掛けている彼は、なんだかこの場所にとても馴染んでいるように見えた。  それも、そのはずである。両親がベータである早苗とは違って、俊哉はアルファとオメガの番から生まれた純潔のアルファなのだから、こちらの世界に俊哉が馴染んでいてもなんらおかしいことはないのだ。そのことに今更気がついて、早苗は及び腰になる。 「こんばんは、早苗くん。今日はなんだか、借りてきた猫みたいになってるね」 「先輩が心の準備をして来いと言っていた理由が、ここにきてようやく理解できましたよ。こういう場所は少し苦手です」 「そういう意味で言ったんじゃないんだけどなぁ」  一瞬ポカンとした表情を浮かべた俊哉は、肩を振るわせながらそう言った。俊哉の言っている言葉の意味が理解できず、早苗が首を傾げると、それもまた俊哉にとっては面白い反応だったようでいよいよ笑いが堪えられなかったらしい。 「じゃあ、どういう意味で言ったんですか?」 「今日ここにきたのって、番になるためでしょう? だからそっちの心の準備をしておいて、っていうつもりの言葉だったんだよ」 「そういう意味で言っていたんですね。でも、オレは俊哉先輩の提案に乗った時にその覚悟は決めてます。なので、そういう心配は無用です」 「予行練習するって聞いた時あんな反応していたのに?」  昨日の出来事が頭に浮かんできて、早苗は顔に熱が集まるのを感じた。 「そ、それは……!」 「でも、覚悟があるなら大丈夫だよね? 早速部屋に行こうか」  俊哉はソファから立ち上がって、早苗の腰に腕を回した。一連の動作からこなれている感が伝わってくる。そんな俊哉に流されるままに、早苗はエレベーターに乗り込んだ。フカフカの床に慣れない早苗は足をモゾモゾと動かした。なんだか心許ない足元は、早苗の今の立場を表しているようだった。 「足元ばかり見てないで、外を見てみて」  俊哉に促されて、エレベーターの窓から外を見る。地上から見るのとは全く違う景色に、早苗は思わず見惚れてしまう。 「完全に夜になると、もっと綺麗なんだよ」 「こんな景色テレビでしかみたことがないです」 「少しは緊張ほぐれたかな?」 「え……あ、はい」  俊哉は、早苗がずっと居心地悪く思っていたことに気がついていたらしい。もしここにいたのが京介だったら、早苗のそんな気持ちに気がついてくれただろうか? そんなことを考えても全く意味がないというのに、また無意識のうちに京介と俊哉を比べていた。 「そろそろ着くよ」  俊哉が、エレベーターの回数を確認して早苗に声をかける。地上からはだいぶ離れてしまっていた。

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