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Chapter K-2

 いつも呼び出してくる方じゃない幼馴染――小松俊哉に呼び出された京介は、待ち合わせにと指定されたバーへやってきた。店内を見渡したが、呼び出した本人である俊哉の姿は見当たらない。19時頃にこのバーで会おう、というざっくりとした約束だったのでまだ来ていない彼に対して文句はない。先に店についたとメッセージを送れば、あと10分ほどでこちらに来ると返事が来た。  京介はバーテンダーの案内でカウンターの端に腰を下ろし、先にドリンクを注文する。  これまで長いこと小松兄弟と幼馴染をしてきたが、今まで俊哉にこう呼び出された記憶はない。京介は彼がどんな理由で自分を呼び出したのか、心当たりはなかったが、なんだかすごく嫌な予感がした。  たった10分のことだが、待っている時間がやたらと長く感じられた。気を紛らわせるために、京介はスケジュール帳を開いた。パラパラとページをめくっていると、再来月の【会社創立記念パーティー】という項目に目がついた。先日、恋人である早苗にエンゲージカラーを贈ったのだが、彼は「もったいない」といって、その日はソレをつけている姿を見せてはくれなかった。  再来月のパーティーで着けてくれると約束したので、その時まで早苗の首にエンゲージカラーが巻かれているのを見るのはお預けされてしまったが、楽しみでもあった。彼の細い首に、あの美しい装飾のカラーが着けられたらどれほど美しいだろうか。想像しただけで、幸せな気分になった。  早苗に贈ったエンゲージカラーは、彼と同じオメガである伊織にアドバイスをもらいながら最高峰のものを選んだつもりだ。あしらわれた装飾に埋め込まれた宝石はダイヤモンドで、婚約には定番の石を選んだ。エンゲージカラーを作る際、相手の誕生石を装飾に使うというのも流行っているそうだが、伊織が「婚約と言ったらダイヤモンドが定番じゃない?」と言っていたのでその案を採用したからである。 「待たせたな、京介。久しぶり」  手帳をぼんやりと眺めていると隣から声を掛けられた。仕事終わりということもあって、珍しくスーツを着た俊哉が隣に座っていた。 「いや、大丈夫だ。久しぶりだな。俊哉が俺を呼び出すなんて珍しい。伊織と何かあったのか?」 「あいつとは何にもないよ。なんかあったとしたら、京介は今頃呼び出されて離してもらえないんじゃないか?」 「それもそうだな。じゃあどうしたんだ?」 「これを渡そうと思ってさ」  俊哉が手にしていたのは、見たことのある紙袋でソレを目にしたのはつい最近のことであった。 「お前がどうしてソレを俺に渡そうとするんだ?」  さっき感じた嫌な予感が当たらないでくれと、京介は必死に心の中で祈った。 「これ。おれの番が持ってたものなんだけどさ、贈り主に返そうと思って」 「どういうことだ!」  早苗に贈ったはずのものをなぜ俊哉の番が持っているのかが理解できなかった京介は、大きな声を上げて俊哉に詰め寄る。 「どういうことって、そのままだよ。これは京介が早苗くんに贈ったものだろう?」 「何を……」  それはまるで、俊哉と早苗が番であるかのような口ぶりだった。俊哉が言ったことが理解できずに、彼を睨みつけたまま口を開閉していると、彼は京介がもっとも聞きたくなかった事実を突きつける。 「おれが早苗くんと番った、それだけの話だよ」  さっきから頭をよぎっていた嫌な予感が当たってしまった。だからといって、簡単に受け入れることは出来ない。 「待ってくれ……理解ができない。どうして、お前が早苗と番うなんてことになったんだ。悪い冗談は程々にしてくれ……」 「悪い冗談なんて言ってないよ。本当のことさ。むしろ、おれには京介がそこまで動揺する理由の方がわからないなあ。今まで彼を散々蔑ろにしてきたくせに」  蔑ろにしてきたつもりは無い……と胸を張って反論することが出来なかった。これまでの自分の行動を省みるとそう思われても仕方がない、という自覚が京介にはあった。早苗はしっかりしているからと、伊織が助けを求めてきたならば、京介は当たり前のように早苗よりも伊織を優先してきた上に、その行動を正当化して早苗に押し付けてきた。  だからと言って、俊哉が自分の恋人である早苗と番ったことに納得ができるわけが無い。 「どうして、早苗に手を出したんだ……」 「うーん。丁度良かったからとしか」  俊哉が早苗に思いを寄せていたとかなら、まだ許せた。納得はできなくても彼の言い分を飲み込むことはできただろう。だが、「丁度良かった」とはどういうことだ。早苗を利用したということか?  次の瞬間、京介は考える間もなく俊哉のことを殴っていた。 「……ったいなあ」  殴られた方の頬を押さえながら、俊哉が京介を睨み返す。彼の口の端からは血が流れていた。 「ふざけるな。どうして早苗を利用した」 「利害が一致したからだよ。利用してるのはお互いさま」 「何を……」  怒りのあまりそれに続く言葉が出て来なかった。 「早苗くんはね、京介に蔑ろにされ続けて疲れちゃったんだって。おれと番になったのはお前に対する当てつけ。手に入ると思っていたオメガが他のアルファに掻っ攫われるなんて、いい復讐を考えたね彼も」  俊哉と番っても早苗が幸せになるはずがない。  それなのに自身を傷つける方法を選んでまで、自分に復讐をしたいと早苗に思われていたことを突きつけられた京介は愕然とした。 「……早苗は、納得してお前と番ったというのか」 「そうだよ。とは言っても、大分迷ったみたいだけどね。京介からエンゲージカラー貰って、それで決心したみたいだった」 「どうして……」 「そりゃ、恋人から貰ったエンゲージカラーに浮気相手だと思ってる奴の誕生石が入ってたらね……」 「……は?」  目の前が真っ暗になった。お詫びとケジメのつもりで渡したそれが、彼を深く傷つけるきっかけになるなんて……。エンゲージカラーの装飾の石にダイヤモンドを選んだ理由は婚約に相応しいと思ったからだ。けれど、そのせいで早苗に勘違いをさせてしまうなど想像もしていなかった。

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