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Chapter5-1

 月曜日の朝、アラームが鳴る前に目が覚めた早苗は俊哉からメッセージが届いていることに気がついた。  彼からメッセージが届いたのは数分前。こんな時間にメッセージが送られてくることはほとんどなかったので、何かあったのかと早苗は慌てて内容を確認する。しかし、蓋を開けてみればなんてことの無い内容だった。 【おはよ。よく寝れた?】  なにか良くないことがあったのかもしれない――と想像し身構えていた早苗は、そんな気の抜けたメッセージに飛んだ肩透かしを食らった気分になる。 【おはようございます。よく寝れました】  いつものなら、まだ布団の中でじわじわと寝起きの頭を覚醒させている時間だが、二度寝するほどの時間でもないのでのそのそと起き上がる。そして、俊哉のメッセージには当たり障りのない返事をする。その瞬間、既読がついた。早苗の返事がくるのを、アプリを開いたまま待っていたというのだろうか。朝なんてギリギリまでダラダラとしていたい派の早苗には理解し難いことであった。  そんなことを考えていると、俊哉からメッセージが届く。 【それは良かった。おれは、朝起きた時に早苗くんが隣にいなくて寂しかったよ……】  それは、なんとも返信に困る内容だった。普通の恋人なら、相手からこんな内容のメッセージが朝から届いたらときめくだろう。がしかし、俊哉と早苗の関係はあくまで『契約番』なのである。朝からそんな甘い言葉などはそもそも求めていないのである。  ――否、片鱗はあったかもしれない……と昨日の俊哉の様子を思い出し早苗はそんな結論にたどり着いた。  俊哉と早苗の間にあるのは恋愛感情ではないはずのに、彼は京介から贈られたエンゲージカラーが早苗の手元にあるのが面白くないと言っていた。その後も、まるで恋人であるかのように振舞っていたし、これが彼の言っていたアルファの習性というものなのかもしれない、と早苗は勝手に納得した。  とはいえ、どう返すのが正解なのかなんて早苗にはわからなかった。なにしろ、早苗には恋愛経験値などというものは皆無なのである。初めての恋人は京介だったし、そんな彼からはこんな内容のメッセージなんて送られてきたことなんて一度もないのだ。  物語のヒロインのように『私も本当は寂しかったの……』なんて送るガラでもない。そんなことをいうヒロインが本当に存在しているのかすら知らない。  こんな時にどうすればいいのかわからなくなるのは、思春期にとことん恋愛を忌避してきたことが敗因だろうと思う。別に意図して、恋愛を避けてきたつもりはない。ただ、積極的になれなかったにすぎない。あの頃は、自分の第二の性を受け入れきれていなかったのだと思う。 【そうなんですね】  結局悩みに悩んでそう返信する。改めて見ると、なかなか冷たい反応だ。しかし、俊哉が早苗にどんな反応を求めているのかわからないので、妥当な反応だと思う。 【番からの塩対応で心が痛い】 【すみません】  俊哉は何を自分に期待をしているのだろうか。早苗は、俊哉に謝りつつもそんな疑問を抱いた。 【早苗くんのあま〜い反応にはあんまり期待してなかったけどね。まあいいや、ビデオ通話してくれるなら許してあげる。朝飯これからでしょ。一緒に食べよ】 【先に顔とか洗って準備するのでその後で良ければ】 【やった!】  文章だと俊哉の言っていることのどこまでが本気なのか計りかねるので、面と向かって話す方が楽ではあるが、俊哉のテンションについていけないというのが早苗の本音だった。  一通りの身支度と、朝食の準備を済ませて俊哉に【いつでもどうぞ】と送ると、待ち構えていたかのようにすぐに電話がかかってきた。 『おはよう。ビデオにして、ビデオにして』  早苗の中の俊哉の像が崩れていく。この男はもっと、飄々とした感じではなかっただろうか。たかが契約の番相手にこんなに尽くすのだから、彼がもし本当に好きな人と番ったの未来があったとしたらどんな醜態を晒していたのか少し気になるところだ。  携帯を立てるスタンドがなかったので、使っていないマグカップに携帯を立てかける。画面に映る俊哉はまだ部屋着を着ているように見えた。そういえば、早苗は俊哉がどんな仕事をしているのか聞いたことがなかった。知っていても知らなくてもそれほど問題はないので、早苗から聞くことはこれからもないだろう。 「おはようございます。テンション高いですね」 『うーん、番ができたからかな。早苗くんはソワソワしたりしないの?』  焼きたてのトーストにジャムを塗る手を止めて考える。そう言われ見れば、確かに普段よりうなじのあたりがソワソワしているかもしれないと思った。しかし、指摘されなければ気にも留めなかったレベルの話である。 「そんなには。アルファとオメガの違いとかなんですかね?」 『単に早苗くんが特別鈍感なだけだったりして』 「どうなんでしょうね。比べる対象がいないのでわからないです」 『高校の時の友達は? ほら、いつも一緒にいた』 「椎名ですか?」 『そうそう』  椎名が和彦と番った時――どう思い出しても、浮かれている和彦しか浮かんでこなかった。椎名も何かしらのリアクションをしていただろうが、和彦の浮かれ具合があまりに印象的すぎて他の情報が全く入ってこなかったのだけはよく記憶している。なにしろ、いつも早苗に対して警戒心をむき出しにしていた彼が、その時ばかりは別人じゃないかと思うほど嬉しそうにしていたのだ。 「椎名の相手の浮かれ具合が衝撃すぎて、正直覚えてないです」 『へえ、彼の番もそんなに浮かれてたんだ』 「彼の場合は、椎名に心酔してましたから。椎名と同じオメガのオレにですら威嚇してくるくらいには」 『それは強烈だね』 「それはもう。なので、参考にはならないと思います」  冷めてしんなりしたジャムトーストを口に運ぶ。

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