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Chapter6-1

 ピピピピと電子音が薄暗い室内に反響する。時刻は6時、カーテンの隙間から入り込む光はいつもよりも弱々しい。昨晩、年甲斐もなく泣き明かしてしまったせいで痛む頭に手を当てて、早苗はゆっくりと起き上がった。清々しさには程遠い朝であった。  何度か瞬きをすると目の下の皮膚がヒリヒリと痛む。指先で優しく触れると微かに熱を持っており、鏡で確認しなくとも腫れているのが分かった。  段々と音量を上げるアラームを止め、早苗は重怠い体に鞭を打ってベッドから這い出る。  ドレープカーテンを開けると、レースカーテン越しに水色と灰色が混ざった空が見えた。テレビの電源を入れつつその足で台所へ行き、冷蔵庫から夏用の冷感グッズの保冷剤を取り出した。そのまま目に当てるには冷たすぎる気がしたので、キッチンペーパーで包んでから目に押し当てる。  しばらくはその冷たさが心地よく感じられたが、しばらくすると目が痛くなりそうになった。あまり冷やしすぎるのも良くないと目から保冷剤を離すと、重だるかった目元が少しスッキリしているような気がした。しかし、何度か瞬きをするとまた患部の熱がぶり返してくる。何度か保冷剤を当てたり離したりを繰り返していると目元の違和感は解消されてきた。  昨晩、多少冷静になった頭で京介と話してみて分かったのは、彼に対してもうとっくに擦り切れていると思っていた愛情がまだ残っていたということだった。否、彼に対する愛なんてもうないのだと、ただ強がっていたにすぎないのだ。  それに、想像している以上に京介が早苗の事を大事にしていたことも知ってしまった。もし京介の愛しているという言葉の全てが嘘だったのなら、本当に早苗のことなど蔑ろにしていたのならば『自分を傷つけるような選択をさせてしまったことを謝りたいくらい』だなんて言葉はきっと出てこないだろう。 「ほんと、馬鹿だなあ……オレ……」  怒りに任せて本当に馬鹿な選択をしたものだと後悔に苛まれる。  これまでは、京介が自分よりも伊織のことを優先させるという一点しか見えてこなかったが、もっと早苗の視野が広ければ、どうして京介が早苗を優先できなかったのかということに気を向けられたのかもしれない。そしたら、きっと今よりずっとマシな終わり方ができただろう。どっちにしろ、恋愛初心者の早苗には向いていない相手だったのだと受け入れるしかない。  冷蔵庫に保冷剤を戻し、そのついでに取り出した牛乳をマグカップに注いでレンジに入れる。朝食を摂れるような気分ではないが、昨日は夕飯も食べずに寝てしまったので、流石に何か腹に入れておかなければ仕事中に胃が痛くなるだろうなんてことは簡単に想像できる。そんな時は簡単に満腹感を得られるし、胃粘膜の保護もできるホットミルクが最適だ。ただ少しエネルギーが足りなさそうなので、常備しているチョコレートも2粒ほど箱から出す。  牛乳を温めている間、早苗はチョコレートの金色の包装紙を剥がし1粒口に放り込んむ。すると体温で溶けたチョコレートのねっとりとした甘さが口の中全体に広がる。昨日、蛇池の店で口にした1粒数百円のチョコレートとはまるで違う食べ物のように思えた。でもまあ……このチープな味も嫌いではないなと、慣れ親しんだチョコレートの味を噛み締めた。  少し心に余裕が戻ってきたところで携帯を確認した早苗は、俊哉からもメッセージが届いていることに気がついた。会社から出てすぐのところで剣崎に捕まって、帰ってきてからも京介からの連絡の量に気を取られていたこともあって俊哉のメッセージにまで気が回っていなかった。  申し訳ないことをした、と思いつつも早苗が彼とのチャット画面を開く。すると、退社時間より少し前に【お疲れ様。今日の夕食は何かな?】というメッセージが届いてからは、今朝の【おはよう。よく眠れた?】まで何も送られてきていなかった。  それまで休憩の時にポツポツとやり取りをしていたというのに、急に連絡が途絶えたことに何の感じなかったかのような俊哉の反応に早苗は首を傾げた。契約とは言っても番になってからの俊哉の早苗に対する接し方は、まるで大切な恋人に対するかのようなソレだった。にも関わらず、長時間連絡取れなかったのにそれについて何も言及がないことに早苗は疑問を抱く。  が、それと同時に早苗は少しホッとしていた。  正直、俊哉の過去について知ってしまった今、彼に対してどんな接し方するべきかわからなくなっていたのである。勿論、番という関係である以上、ちゃんとこれからのことを話さなければならないことは理解していたが、今の早苗にはそれをするだけの気力がなかった。  早苗は、返信することなくチャットの画面を閉じた。

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