自分の部屋に引っ込んですぐ窓のカーテンを閉め切る。 「うぐ……ぐすっ……」 簡素なパイプベッドの下、そばにスナイパーライフルが立てかけたピジョンは膝を抱え、ひとりぼっちでべそをかく。 いい年して情けない、カッコ悪い。わかってるけど涙が止まらない。 頭から決め付けたピジョンに非がないとは言わないが、勝負をふっかけてきたのはあっちじゃないか。 話し合うために場所を変えたのに、あれじゃあ本末転倒だ。 説明不足だったのは認めるが、そもそも申し開きさえさせてもらえなかった。 怖かった。 恐ろしかった。 震えが止まらなかった。 あの男はおそろしく修羅場慣れている、暴力の行使に一切の躊躇いがない。 ピジョンを押し倒して服をひん剥き、きな臭いガンパウダーを局所に塗しながら、サングラスの奥で心底楽しそうに嗤っていた。 『手遅れのジャンキーになると弾丸バラしてかっくらいやがんだが黒色火薬は火が付きやすいもんで、鼻の穴耳の穴目の穴から黒い煙があがんのよ。喉の奥から脳天までボンッ！て弾けて、それがまたコントみてーで笑えんだ』 全然笑えない。 『使い込んでんじゃん』 「っ……」 羞恥と屈辱、ぶり返す恐怖に歯噛みして膝を抱く手に力を籠める。 俺のせいじゃない、スワローのせいだ。 全部全部アイツが悪い。アイツが俺をこんなカラダにした、全部全部アイツ好みにしてしまった。 「あの人、先生とどういう関係なんだ……」 謎のサングラスの男と神父の間柄に憶測を働かせる。 ピジョンがいじけて部屋に閉じこもってる今、神父はあの男を部屋に招き入れ、二人きりで会話をしているのだ。 一戦交えて肌でわかった、サングラスの男はむらのある躁気質で感情の浮き沈みが激しい。 悪ふざけと呼ぶには度が過ぎるピジョンへの仕打ちを考えたら、神父に手を出す可能性も十分ある。 ピジョンはあの手の人種をよく知っている、子どもの頃から腐る程見てきた、さんざん痛い目に遭わされてきたのだ。 相手を辱める手段として暴力を用いる人種。 対して、ピジョンは平凡な人間だ。 どこにでもいるありふれた容姿の持ち主で、同性を色に狂わせる性的魅力もない。 サングラス男があえてレイプまがいのまねをしたのはピジョンに劣情を催したからではなく、男が男に犯される事がどれ程魂を痛め付けるか、尊厳を踏みにじる行為か経験則で知り抜いていたからに過ぎない。 実際ピジョンは圧倒的な膂力の差に手も足も出ず無力感に打ちのめされ、神父の助けがなくば強姦されていた。 幸いにして未遂に終わり部屋に逃げ込んだ今なお、あの目を思い出すと震えが走る。 サングラスの奥でギラギラ輝くインペリアルトパーズの瞳……地獄を覗き込んだような…… 「うぅ……」 何もできず悔しい、やり返せず腹立たしい。最低に惨めな気分だ。 師の手を煩わせた罪悪感と虐げられた無力感、羞恥と憤りが膨らんで喉を塞き止め、洟を啜って自分を卑下する。 せめて一発殴り返してやればよかった、今の俺を見たらスワローがなんて言うか…… 『泣き虫。グズ。ビッチ。兄弟やってんのが恥ずかしい』 「ビッチは言い過ぎだろ……不可抗力じゃないか」 しゃっくりの合間から、か細く弱々しい声で釈明する。居もしない弟の暴言を妄想し、傷をほじくり返すなんて重症だ。いい加減泣きやめ、修道女や子供たちに見られたらどうするんだ。 頭ではわかっていても立ち上がる気力がない。もし許されるなら今すぐアパートに逃げ帰りたい、もっと時間を遡ってトレーラーハウスに戻りたいのが本音だ。やっぱり賞金稼ぎなんて無理だった、ピジョンには荷が勝ちすぎる。 賞金稼ぎ及び賞金首は、どちらも社会不適合者と人格破綻者の寄せ集めだ。無事に修行を終えた所で、サングラス男のような連中に囲まれたら…… 「……俺、本当にやってけるのかな」 ここで。 このアンデッドエンドで。 スワローならきっと大丈夫、アイツはすごく強いから。この程度であっさり心が折れてぐすぐす泣いてるピジョンとは違うのだ、何もかも。 スワローならサングラス男にまんまと組み敷かれるような醜態を曝さない、スワローなら服をひん剥かれて好き放題まさぐられたりしない、スワローなら即座にナイフでやり返している、スワローなら…… 「スワロー……」 会いたい。 アイツに会いたい。 「はぁ……っ、からだが……」 息が上擦り、素肌がしっとり汗ばむ。 先刻から意識しまいと努めてきたが、身体を苛む悩ましい火照りと疼きはごまかしきれない。 『ガンパウダーはいい興奮剤になるんだ』 低くセクシーな囁き声にぞくりとする。 ペニスと肛門に塗されたガンパウダーが粘膜に馴染んでひりひりする。 媚薬を代用する火薬が急激な発汗と動悸を促し、ピジョンは膝に爪を立て懸命に耐えるが、劣情は昂る一方で吐息はどんどん荒くなる。 「！っあ、」 シャツと擦れた乳首が痛い。心臓がばくばく言ってる。鼓膜の裏側で警鐘のように鼓動が膨らみ、膝に爪が食い込んでいく。 誰が、あんなヤツの言い分を真に受けるもんか。あんなヤツの手で感じるもんか。 「シャワーで洗い流せば……」 無駄だ、手遅れだ。ペニスと肛門の粘膜がガンパウダーを吸収し、物欲しげにヒク付いているのがわかる。ピジョンは立ち上がりしなよろめき、ベッドに突っ伏す。 「ぅあっ、んぐぅ」 シーツを掻き毟ってのたうち、片手を性急に股へ潜らせる。 もどかしげにジッパーを下げ、いやらしい染みができたボクサーパンツをずらし、透明な雫が滴るペニスをしごきたてる。 カーテンで閉め切った窓の外からは子供たちの歓声が響く。 間違っても聞かれないよう死んでも声は出さないようピロウカバーを噛んで喘ぎを潰す。 「ん゛ンっ、ん゛――――――う―――――――」 喉の奥で膨らんだ喘ぎが濁った呻きと化して漏れ、大量に垂れ流した涎がピロウカバーに染みこんでいく。 身体が熱くてしんどい。汗みずくでペニスをくちゃくちゃいじくり、鈴口に盛り上がった雫を指ですくって伸ばし、固さを増した竿全体へ塗り広げていく。 止めろ。止めたくない。 苦しい。誰か、助けて誰か。 汗と涙で霞む目をキツく閉じ夢中でペニスを擦るが物足りない。 同じくガンパウダーを塗された後孔はほったらかしで、刺激を求めて切なく疼く。 「はぁ……はぁ……」 スワローとクインビーしか触った事がない場所、自分でいじった事も1回しかない場所。 尻穴に指を突っ込むなんて冗談じゃないでも我慢できない欲しい欲しいもっと欲しい今すぐ欲しい、誰か誰でもいい尻に指を突っ込んでめちゃくちゃにかきまわしてくれ 「ッ……ぅ……」 アナニ―は人生二度目だ。 どちらも仕方なく、泣く泣くやる羽目になった。 「スワロー……」 教会で。 神の家で。 何をしてるんだ俺は。 背徳感に押し潰されそうな中、ピジョンはおそるおそる躊躇いがちに後ろに手を回す。 ぱく付く尻穴にまずは人さし指の先端を突き立て、ゆっくり沈めていく。 「あぅ、ぁあすぁっろ」 異物の挿入が腹にしこりを生み、無意識に弟の名前を口走る。括約筋が収縮し、圧迫感をやり過ごす苦痛に顔が歪む。 涙と洟汁で汚れた悲痛な顔を赤らめ、赤く反ったペニスを刺激する手は止めぬまま、欲張りな尻穴へ指を食わせる。 『どうすりゃいいかわかるよな？』 「わかる……よ」 ギュッと指を頬張った尻穴が窄まり、ピジョンは中で指を動かす。 「ぁぅんぐ、ン―――――ん゛ッ、んぅっう―――」 スワローが欲しい、スワローのペニスが欲しい。 こんな細い指じゃ足りない、欲しい所に届かずもどかしい。アイツと俺のはぴったりはまる、アイツのは一番奥まで届く…… ピロウカバーを噛み縛り、被虐の官能をそそる皺を眉間に刻み、攣りそうに伸ばした指を根元までギッチリ尻穴に咥え込ませる。 ズチュズチュ激しく抽送すれば蠢く粘膜を刺激が伝わり、張り詰めた前立腺が戦慄く。片手に包んだペニスが熱く脈打ち、ピュッピュッと間欠的に精を吐きだす。 「はっぐッん」 しょっぱい涙の味が鼻腔を突き、ピロウカバーの乾いた布の味が口の中に広がって噎せかける。 指を三本に増やしてグチュグチュ出し入れ、根元まで深々と埋め前立腺を苛め抜く。 スワローに会いたい、会ってめちゃくちゃにしてほしい、俺の尻にぶちこんでぶちまけてほしい。 なんで俺たちは離れ離れなんだ？ 「はぅッうぐ、すあろっ、ぁんぐ」 こんなに長く離れた事はなかった、アイツと離れるのは初めてだ。 俺は自分が弱虫の泣き虫の甘えただって知ってるから、修行が終わるまで、せめて一区切り付くまではアイツと会わないってそう決めた。顔を見た瞬間箍が外れてしまうから、抑え込んでいた物が解き放たれてしまうから 「んッぅ―――――――――――ッぐ、ぅ゛う゛―――――――――！」 スワローに会えない寂しさが途方もない淫乱さと結び付き、渇望と欲望が昇華される。 自分の指をスワローのペニスに見立て、前立腺の感度が増した尻の奥を突きまくる。指遣いには一切の余裕がない。 アナニ―初心者のピジョンは節操なく尻をほじくってはイきたくてもイけない苦しみをいたずらに長引かせ、生殺しのもどかさしさばかり募り行く。 『どうすりゃイけるかわかるだろ、ピジョン』 「わか、ない」 『俺の手だと思ってやってみろ』 スワローの手。 大好きな手。 手の甲は形良く骨ばって、ナイフを掴む内側が厚くなった―…… 「――――――――――――――――――――――――ァあああああ！」 瞼の裏で白い閃光が爆ぜる。 片手に掴んだペニスが勢いよく白濁を放ち、指を咥え込んだ尻がびくびく痙攣する。 「はっ……はっ……」 こなれた尻からずるりと指を抜き、シャツとズボンの前をはだけたまま、ぐったりとベッドに横たわる。 粘膜が直接ガンパウダーを吸収した後遺症か、射精後も狂おしい火照りは冷めやらず、今度はパイプを掴み腰をもたげてオナニーに耽る。 「んっあぅすわろー、もっやっもっとッはぁ」 パイプに縋り付き物欲しげに尻を揺すり立てる間、朦朧とした意識で弟の名前をくり返す。 誰も見ていない安心感から来る無防備さがピジョンをどこまでも淫らに堕とし、自分の手指でペニスと尻穴を同時に犯す、倒錯した痴態を演じさせる。 こみ上げる悔しさと惨めさに涙ぐみ、涎が糸引く口を開け閉めし、精液が飛び散った内腿を波打たせて叫ぶ。 「全部火薬のせいッだはァ、俺は悪くなッぅあんん゛ッ、こんなことしたッぅあッぅ゛ッ、く、したくなッァ、んだ、本当はぁ」 古ぼけたベッドを軋ませべと付く涎を垂れ流し、そそりたった乳首をシーツやパイプに擦り付けて刺激を乞い、狂ったようにアナニ―を続ける。 「あ……」 マットレスが断続的に弾み、床に倒れたスナイパーライフルがうるさい音をたてる。 「っ、ぐ」 反射的に顔だけ向き直るもののオナニーで手が放せないピジョンの目に絶望が広がりゆき、すぐさま自己嫌悪の涙でかき曇る。 快楽に屈した惨めさを心底呪い、搾り尽くした体液に濡れた手をライフルに伸ばすのを断念し、ペニスとアナル両方から絶頂へと駆けあがっていく。 「ィっく、ィく、イきた、もっ奥すあろ」 スワローの指が恋しい。スワローのペニスが欲しい。スワローが恋しい。 3回目に果てた時、ピジョンは漸く正気を回復し、ベッドにのろくさ腰かけて身繕いをする。 正直まだ気分は悪いが、出す物を出しきったせいで少しはマシになった。 神父の弟子として教会においてもらっている手前、一日中ベッドでオナニーに耽る訳にもいかない。 「シャワー浴びてこよ……」 シャワー室は廊下の端だ。 壁に手を付いてシャワー室に赴く途中、中庭に面した窓をふと見たピジョンは、思いがけぬ光景に閉口する。 ピジョンの視線の先には彼をオナニー狂いにした元凶のサングラス男がいた。 寮と教会を繋ぐ回廊に独りたたずみ、中庭で遊ぶ子供たちを咥え煙草で眺めている。 「禁煙だぞ」 おもわず顰め面になる。 男の姿は回廊の屋根を支える柱の死角にあたり、追いかけっこに興じる子どもたちからは巧妙に隠れている。 何を見ているのか興味をおぼえて視線を辿れば、男の視線の先にはチェシャと向かい合わせに座り、シロツメクサの花冠を編むシーハンがいた。 「…………」 二度と関わり合いたくない。即刻退散すべきだ。 どす黒い嫌悪と恐怖が胸裏に蔓延、爆ぜる前に踵を返し……不意打ちすぎる男の横顔に見入られて、止まる。 窓の外、回廊の柱の影に偶然見かけた男の横顔は、ピジョンのよく知る人物と重なり合って既視感を呼び起こす。 まさか。 ありえない。 そんなはずがない。 サングラスが遮る眼差しは安らかに凪ぎ、仄白く揺らめく紫煙の向こうには、自分が触れたら壊れてしまうはかない何かを遠くから眺める、分を弁えた人間の思慮がたゆたっていた。 ピジョンと戦っている間中殺気に尖りきったインペリアルトパーズの瞳は、シーハンを映した今、憧憬を固めた琥珀さながらまどやかな色を帯びる。 初対面の時からこの男にはもっとも縁遠いと思っていた、否、ピジョンが勝手にそう決め付けていた、たとえるなら自重や自戒に準じる相手と一線引く感情。 回廊に立ち尽くす男の横顔を腑抜けて見詰めるうちに、ピジョンは猛烈な胸騒ぎに駆られる。 ひょっとして、俺はとんでもない誤解をしてたんじゃないか。あの人が怒ってもしかたないような誤解を。 ピジョンは矢も楯もたまらず走り出した。